外科医神経症闘症記(手の震え、あがり症、書痙) 克服の体験記

外科医の私が手の震え・自律神経失調症・あがり症・強迫観念と心身症・不安神経症、不眠症に陥ったときの記録と神経症から脱出するためのヒント

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はじめに伝えたいこと 外科医の神経症と苦しみ、克服

外科医の私が手の震え・自律神経失調症・あがり症・強迫観念と心身症・不安神経症、不眠症に陥ったときの記録と神経症から脱出するためのヒントがのっています。
 もともと手が震えることからはじまって、どんどん症状的に上のような状況になっていきました。人って気をくよくよと病み始めると際限なく悪化していくものです。
 私のかけがえのない先生に最大限感謝の気持ちを捧げます。あなただけでした、私を神経症から解放してくれたのは。私自身も頑張れたと思います。頑張れたのはやっぱり先生の力でしたが。
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手の震えとあがり症、緊張を克服して

私は現在、どこかの病院の外科医をしています。
この闘症記録(手の震え・書痙・あがり症など)をのせるにあたって、最初に言っておきたいことは、私はかつて苦しんだ症状から解放されているということ。手が震えたらどうしようという病的な思いはなくなりました。
だから、外科医をいまだに続けることが出来ています。
もし苦しみ続けていたなら、怖い話、手術の大失敗していたかもしれません。
人として取り返しがつかないことをしでかしていたかもしれない。
その前に自分で医者をやめていたと思います。
そうしたら私は今頃何をやっていたのでしょうか。考えることさえ恐ろしいことです。
手の震えという弱点・大失敗したという心の傷・ますますあがり症がとんでもなく大きくなっていたでしょう。ずっと目指していて達成できた医者という職業をこの手の震えやあがり症のせいで続けられなくなることは、最悪の精神的ダメージを受けていたのは間違いありません。
ほんとに崖っぷちだったし、よくそこから抜け出すことができたものだと我ながら感嘆します。


さらに私と同じ思いをしている人(していた人)がかなりの数います。
手の震えは思っている以上に多く、あがり症は仕事をする上で死活問題となっていてみんな苦しんでいます。不眠症や自律神経失調症を含めると、今の社会で何らかの精神的な弱点を持っている人はいないんじゃないかと感じるこのごろです。
私は悩みの真っ最中は孤独でした。もしこの記録を読んで「自分と同じだ」と思ったら嬉しく思います。悩んでいる種類が同じだから喜ぶのではなくて、同じ症状の人が神経症から脱出できたという事実を喜んで下さい。力にしてください。希望に変えて下さい。孤独の闘いから抜け出して、安らぎを得られる助けとしてください。

BLACKJACK
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外科医神経症闘症記録 克服への体験記

私の神経症の症状は、自律神経失調症・心身症・強迫観念・不安神経症・あがり症と言ったものだった。具体的に言うと、手術時の手の震えと心臓のどきどき感の暴走がもっともつらいものだった。緊張しやすく、それが体に反応してしまう。昔からあがり症で生きづらい感じもしていた。
まさしく一歩間違えれば手術も大失敗に終わる可能性があっただけに、余計プレッシャーがあった。いつも怯えていた。だからその悩み以外に意識を向けることはどうしてもできなくなっていった。いかに底を乗り切るか、どうしたら乗り切れるのか、乗り切れなかったらどうしよう、人から変に思われたらどうしよう、もう思われているかも、とくだらない考えにとりつかれていた。くだらないけれど、自分にとっては大問題だった。くだらないと自分でも思っているから自己嫌悪にもなったし、人に相談できなかった。

最初の段階では、手が「万が一震えたらどうしよう」だった。
そのときは不安と恐れだけだった。
だけど、ずっと長い間、その強迫観念に駆られ続けていた。ちょっと違うな、効率が悪いなと思っていた。
息苦しさとどこか心に靄がかかった感じ、すっきり自分を出せないもどかしさがあった。
次第に手術の時に限って手が微かにふるえ始めた。
具体的な症状として出たのはそれだった。
気のせいにしたかったが、やっぱり気のせいではなかった。
それ以前に、気のせいであって欲しいと思い続け、余計意識と神経が手と腕に集中してしまった。
悩む人がなってしまう悪循環に私も例外なくはまっていた。
ずっとそればっかりに振り回され続けてしまった。
それでも慎重にやっていた結果、特に問題もなかったが、手術が終わった後は、信じられないくらい手が疲れた。汗の量は半端じゃなかった。
心も疲労した。心の耐性もどんどんすり減ってしまった。
腕と手が常にはり続けた感じになった。
狂って叫びたいくらい、イライラしはじめた。
あがり症で学生時代から悩んだが、無事医者になれた。
コミュニケーションも人並みにどうにか取り繕っていた。
だけどどこか自分を守ってきた半生だった。
あがり症が、結果的に手の震えにすり替わった、特化してしまったのだと思う

次第に、心理的なもので手が震えるとわかり、精神科と心療内科に相談しに行った。
のちのち催眠療法と、「あるがまま」を実践しようと森田療法にも通った。
どこにも私が手術をする外科医だと言わなかった。
どうして言えようか。信用問題に関わる。
現役の手術を行う医者が手が震えるなんて、カウンセラーや精神科にさえも知られたら恥だと思った。
これも自分を守っている、恥をかきたくない、プライドが高いと関係が大いにあるだろう。
そんなことだから、勤めている病院にも私の心の問題がばれたらお終いだと思った。
誰にも私の秘密を知られないうちに解決しようと、心を扱う機関に相談しに行ったが、どれも私の問題を解決できなかった。私も治してもらうという気持ちでいたのがいけなかったのかもしれない。
守りと逃避の姿勢では神経症、あがり症、手の震えは解決できない。
攻めの姿勢しかなかったが、そのときは知りようもないし、誰も教えてくれなかった。
精神科医など役立たずもいいとこで、何のアドバイスもせずに、薬を出すだけに終始した。
医者とはそういうものだと私もよく知っているが、心を扱うだけにもっとやってほしい不満が強かった。
一応、精神科医らには医療機器を製作する人間で、手が震えると困ると言っていた。
秘密を抱えたまま、はやく治りたかったが、それも夢に過ぎなかった。
私を強く支えてくれるセラピストもカウンセラーもおらず、私自身もただ逃れたい一心でいたたま、良くなるにはどうしたらいいか、何をしたらいいか、どんな気持ちでいれば良いか、わからないまま時間を浪費していった
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外科医神経症闘症記 克服への体験記 その2

「俺ってあがり症だな」つくづく感じた。
手術中の私の意識の集中どころは、当然患部ということでなければならない。
けれど、自分の手と腕ばかりに神経が集中した。
きつくてたまらなかったし、イライラしたし、気になったら最後、意識をそこからはずすことが出来なかった。
腕以外のところに意識を向けようと必死になっていると、怖いことに注意力散漫になり、手術で大きなミスをしてしまうところだった。
無理矢理望むとおりのところに意識が向けることは出来なかった。
集中しろ、落ち着けと念じたら、逆に注意力が散漫し、緊張と焦りが高まった
森田療法で教わった「あるがまま」も出来なかったし、自然体というものがどういうことかさえも思い出せなくなった。
落ち着いているってどういうことだろう? あるがままって何だ?
あるところに意識を向けるという意識が、意識を向けちゃいけない部分(指先、手、腕)への集中をさらに強化した。
手術の腕は落ちに落ちた。
スピード、手際の良さ、また判断能力が壊滅的だった。
本当の自分の腕はこんなんじゃないというプライドは高まったが、同時に自信喪失が深まった。
昔は何も考えず、手術のことだけに集中していただけにショックだった。
過去に出来たことができなくなることの苦悩は計り知れない。
しかも私はどんどん上達していかなければならない年齢だったのに。
他の医者が自信と経験と熟練度を上げていくというのに、私と来たら自信をなくすだけだった。
心がふさぎ込んだ。いらだったりもした
楽しい思いもこのころからできなくなってしまった。
すべてがつまらない。やる気が出ない。
楽しいことが別にあっても、いつも手術のこと、手の震えのことが気になり、そちらに楽しい気持ちもひっぱられ、すべてが味気ないものになっていった。
つまらない人生に陥った。
これがなければ、俺はなんてすばらしい人生だったろうと、ジメジメと思いとらわれていた。
これさえなければ、誰よりもいい人生なのに!
これがあるばっかりに!
まだあがり症だけの方が良かった。
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外科医神経症闘症記録 克服への体験記 その3

症状をありのまま、カウンセラーや精神科医にうちあけられない心苦しさ苦痛だった。効果がないこととあいまって、通うこと自体も。
あたりまえのことだ。
すべてを打ち明けて、はじめて治療のスタートラインにたてるのに、秘密をずっと抑圧し続けていたのだ(だからこそ、症状と決別した今、反動でブログに打ち明けているのかもしれない)。
心療機関に通っている間、私の神経の集中先が、腕だけでなく頭の内部にもとらわれるようになった(それで腕への神経の集中がなくなれば、どんなによかったか! でも現実はセットだった)
頭のどこかにいつも神経が向いているのだ。
神経がいかれているんじゃないかと疑った。
手術ではずすことが出来ればと夢物語を願った。
こんなものじゃ、とても集中して手術が出来ない。
完全に手術恐怖症になった。
それでも必死で慎重に進めていき、ぎりぎり失敗はなかった。
いつかやばいことになるかも、なったらおしまいだと不安がいっぱいだった。
汗の量もやばかった。
失敗したら、自殺するしかないとまで思っていた。
鬱病が出てきたと思う。あのまま進んでいたら、完全に陥っていたと思う。
仕事を辞めたとしても、私は医者になること以外考えてこなかった。
今更何が出来るのだろう? 未来に希望がないことは苦しい。

患者の方は、私の心理的内面はわからないし、私たち医者に安心して任せきっている。
特に外科手術は患者はまったくの受け身だ。
よもや失敗など考えていない。
しかも初歩的な簡単なミスなどあり得ない話だろう。
手が震えて失敗したなんて知られたら、私の人格、積み重ねてきたことすべてを否定されるだろう。
そして私の本当はこんな体たらくじゃないはずというプライドも許さなかった。
でも、 私が失敗しかねないのは、初歩的なミスだった。
同僚にも看護師にも患者さんにも秘密を悟られるのが怖かった。
もし内面の惨状を悟られたら破滅しかなかった。
恥ずかしいことに手が震える。
誰も手をふるえている人なんかいない。
ましてや外科医がそうなるなんてありえない話だ。
外科医とあるまじき性質を私は持ってしまったのだ。
それを必死で隠していた。
でも、張りつめた緊張感に心がクタクタになってしまった。
発狂してしまうんではないかと言うくらい、心が追いつめられていった。
いつもため息で、心が重く苦しくなっていた。

心療内科で薬を処方してもらい、どうにか抑えることが出来た一方で、だるくなったり、頭がぼやけたりして、手の震えよりも、そちらの方が危ないと悟った。
薬を飲めばすべてが解決するという甘ったれた希望的観測を持っていたため、ショックが強かった。
医者は簡単に薬を出すと言うが、こちらが患者になってみるとそのとおりだった。
心のふれあいがなかった。
実はあまり心の触れ合いをしたくなくて、外科医を選んだこともあった。
でも、患者としての私は、心をしっかり強く支えてくれる医者やカウンセラーを求めていた。
だから催眠療法をやったり、森田療法の「あるがまま」の理論にあこがれを持ち実践しようとしたが、心のほつれはそう簡単に繕えるものではなかった。
弱点を知られないように知られないように外面だけあわせて、なんとかしのいでいたが、まったく一時しのぎの対策しかとれていなかった。
一時しのぎの代償は、さらなる悪化としわ寄せが来るというが、一時しのぎしかできない状況だった。
泥沼だった。違和感を感じ続けて生きていた。

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今の悩みの現状について

さて、今は手術恐怖症も自律神経失調症も、心身症も、不安神経症も消え失せた。
それが起こらないように自分を過去からの流れを含めて、変えることが出来た。
だから、一歩間違えれば大惨事になりかねなかったことも、冷静にふりかえってこうやって書ける。
また周りも私の危機を知らないし、今も知らない。
気づいていたのかどうかもわからない。
元気がなくなったとはよく言われたが。それはそれでいいと思う。
今は大丈夫でも、かつてそれを経験したことがわかってしまうだけでも信用問題に関わるから。
まさか今の私がこれらの精神的危機を経験しているなんて思いもしないだろう。
だからこそ、ブログでこれらの文章を載せても大丈夫だし、人は他人の内情まで知らないのだ。
かえすがえすも、精神的な危機の時に失敗をしなかったことが救いだった。
もし症状が回復に向かわなければ、今は外科医をやめていただろう。
そちらの方が、私にとっても、病院にとっても、何より患者さんと肉親の方にとっても一番いいことだった。
今は私の外科手術で、誰にとってもいい状況にする自信を取り戻せたが。
だから、読んでいる人も私に任せて大丈夫です(私の過去を知っているから信用できないかな)
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外科医神経症闘症記録 克服への体験記 その4

手術に関する限り、手の震えと集中力散漫が一番の悩みだった。
が、日常生活でも、交感神経と副交感神経の自律神経のバランスが一挙に崩れて心身症になり、物理的に胃が悪くなったり、動悸や息切れと言った不安神経症の症状にも襲われるようになった。
所詮、手の震えというのは、私の心のトラブルの一形態に過ぎなかった。もっと本質的な心の悩みの元が、しっかりと私の潜在意識に根付いてしまっていた。
問題は手の震えではないということだ。
表面的にしか見ないと、道を誤る。
当時そんなことはまったく気づかず、目の前の症状をいかに抑えるかだけだった。
その狭い視野が悩みの解決をいかに遅らせてしまったか、よくなっていく段階で気づき、後悔もした。
いつも手が震えたらどうしよう、手が震えたかな、悟られているかな? そればかり考えていた。
そこに費やすエネルギーはとんでもない量だったとおもう。
努力の掛け違いをすると人間は悲惨だ。
精神科医・精神分析医・心療内科医・心理療法士・カウンセラーすべてに(例外は一人だけだった)その「秘密」があるゆえ、心を開くことが出来なかった。
言ったら最後、蔑まれるという恐れが支配していた。だからいつも心苦しさがあり、何のために通っていたのかわからなくなったから、ころころと病院や心理療法を変えることになった。
お金の問題じゃないから、貯金をどんどん使っていった。でも、何にも結果が出ることはなかった。
くだらない心理療法や医者にお金をどれだけ浪費しただろう。
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神経症とは? 手の震えやあがり症について私が感じたこと

神経症とは自分の意志とは逆のベクトルに無意識が反応すると私はとらえている。
たとえば、「手が震えるな」と思ったら、余計ふるえてしまって、意識がそこからはずれることはない。
無理に強く念じてはずそうとすれば、余計無意識が強固に反発して、二進も三進もとれなくなる。
(バイク好きなので)例えると、マイナス暗示というアクセルといつも全開に走っているようなもの。
進む先は苦しみと悩みと地獄行き。
ブレーキを必死でかけてどうにか止めようとするけれど、そのブレーキ(意志・表層意識)は時間とともに摩耗し疲労していく。
ききが悪くなり、結局あれほど嫌なマイナス暗示の実現という恐ろしいことになる。
私の場合は、手の震えと、神経の内部への過剰意識だった。
ブレーキがきかないとなると、どうにか肉体的な力で(つまり無理矢理の意志)で、止めようとするけれど、所詮そのパワーにかなうことはない。
筋肉増強剤という薬をつかって(薬物療法)前進悪化を止めようとしても、今度は薬物療法の弊害ともいえる副作用(昔よりはましになったが)で、結局暴走するアクセル全開のバイクに引きずられる。
あれだけパワーとエネルギーをつぎ込んだのに、マイナス暗示ばかりがフルスロットルになっているため、自分一人の力ではどうにもならない。
マイナス暗示(フルスロットル)はなぜなっているかというと、ちゃんと理由がある。
過去のトラウマや親のしつけなどだ。それによってマイナスに考えてしまう癖が強化されている。
理由があってマイナス暗示がかかっているので、そこを処理して行かなくては神経症は良くなることはないと思う。
私には過去を見て、開き直ると言うことが出来なかった。いつもひきずってくよくよ悩んでいた。
それは私の親の性格に影響を受けたが、今の私は大の大人だ。
一念発起して、変わってやる! という気持ちが出た。
それは最後に通った先生のアドバイスや自己暗示の浸透のおかげだった。

私は精神分析医でもないし、心理学や大脳生理学、神経症のことを本格的に勉強したことはない。
通り一遍にやっただけだ。
でも、神経症の苦しみを経て得た経験と私のつかんだものをどうにかして発表したくなった。
だからブログで発表している。
キャリアの長い人なら、心のトラブルの働きはよくつかんでいると思うし、いまさらな感じがあるけれど、心は本当に厄介だとだけははっきり言える。
そして、簡単に対処できるものではない。
誰もがよくわかっていることだ。
単純でありながら、矛盾したものほど、解決することが難しいのだ。
今は、外科医よりも分析医の仕事の方に興味があるくらいだ。

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名セラピスト 岩波英知先生と出会って

私はスゴ腕のセラピストの特別プログラムを受けた。(これはリンク先にあるBIGBOSSさんの手記/回想記にも書いてあります)
個人的なものもあり、また特定されることも嫌だから、あまり書かない。
プライバシーもあり教えてくれなかったが、私の先生は私のような立場(医者とか手の震え)の人を多くかまっているらしい。
私のような医者から弁護士、経営者、それらのお子さんから、とにかく多くの心のトラブルを抱えた人を、そのスゴ腕で強力にサポートしている。
私もそのスゴ腕の威力を症状解決というものでもって、発揮してもらった。
この先生にだけは、ありのまま私の症状を打ち明けた。
この人になら開けっぴろげに話そうと思えた。
人間である以上、医者だろうが、弁護士だろうが悩んでしまうものだ。
どちらも心の、肉体の、社会の病理を扱う職業だし、病理というものに誰よりも接しているから、悩みに陥るのはあり得るかな、と思う。
健康的な人と職業的に接することは少ないから。
患者さんや、クライアントの悩みや症状に引っ張られてしまうんじゃないか、と思う。
そういう意味でも、心の悩みを扱う職業の人は、よっぽど自己を確立していないと大変なんじゃないか。
私の受けたセラピストは、そんな悩みとは無縁だろうといえる。
私より重い症状の人をずっと先生はかまっているんだろうが、完全に自己を確立していたし、悩みに引っ張られるなんてありえないだろう。またそう先生も言い切っていた。その自信がうらやましかった。
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神経症(手の震えやあがり症)がよくなってみて

私はあくまで、私の過去からの流れで、あがり症や手の震え、手術恐怖症や自律神経のバランスがおかしくなった。
元々緊張を誰よりも感じる人間で、本番に力を発揮できないタイプでもあった。
また、自分に自信がない人間だった。
端から見るとそう見えないらしいが、確固たる自信というものを持ったことがない人間だった。
神経質で、 いつも自分を守って、さらけ出すことはしなかった。
親の影響がとても強い。親もそういうタイプだった。
父方の両親もそういう感じだったから、脈々と受け継がれてきたのだろう。
迷惑な話だが、私の代でそれを終わらせなくてはいけない。
そのためにも一念発起した。
いってみれば、私の人生はずっとブレーキーをいっぱい踏み込みながら、アクセルを誰よりも強く回して、それで前にやっと動いていた。
人よりも頑張ってきたということはいえるとおもう。でもいつも違和感を感じながら。
当然ブレーキにガタが来るし、心が壊れてくるのは必然だった。
エンストも怖かった。
とにかく動け、動け、と必死で前に進んでいた。
完璧主義者だったし、妥協も嫌いだった。
人生って、ブレーキを踏み込まなくても、安全に前へどんどん進めるののだ。
そう今は気づいた。
でも、私はどうしても怖くて、リスクをおそれて、ブレーキをかけ続けていた。
ブレーキを踏んでいることの方が、低速になって危険だというのに、私はおびえてブレーキを踏み続けていた。
そして、自分を必死で守ろうとした。
自分をさらけ出さないように調節しながら、用心深く生きてきた結果は、神経症という結末だった。
表面的には、バイクは前に進んでいて、ある時期までは、目的地につけていた。順調だった。でも学歴的なものにしかすぎなかった。
自分は成功していて、自信のある男だという外ッ面だけを装っていたし、そう思わなくては心のバランスがとれなかったのだろう。
まったく空虚な人生に思えたとき、一念発起へとつながったのだ。
目を覚まさせてくれたのは岩波先生という方だった。

リスクがあって、あえてチャレンジし、傷ついてもそれを糧にして、さらに突き進める人は、こんなことでは悩まないだろう。
先生がそういう人間だった。
私の悩みを抜け出すには、それしかないと強く思えた。
努力の掛け違いを今までしていた。
次第にセラピーの効果が上がって、開き直れるようになった。
そうなると雪だるま式に手の震えから、マイナス思考、不眠症と改善していった。
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神経症、手の震え、あがり症が良くなるためのヒント 経験より

良くなるためのヒント 経験談より

「手が震えたらどうしよう」は結果的に「手が震えてしまう」
「手が震えないように努力しよう」はますます「手が震えてしまう」
「手よ、震えるな、震えないでくれ!」は結局「手が震えてしまう」
「よし、手が震えていないぞ、このままいけ」はまたまた「手が震えてしまう」

だけれども、心の悩みは天の邪鬼すぎる
「手が震えてもいいじゃないか」は「手に震えようがなくなる」のである。
これが「悩みを受け入れる」ということ
悩みと闘うより、受け入れた方がよっぽど神経症とかあがり症が治る近道だった

「手が震える」ということは、私にとってリスクだ。
リスクをどうしても回避しようと焦って、強く「震えるな! あがるな!」と念じたりする。
そうすると、「手が震える、震えていない」という闘いに入る。
闘いという生やさしいものじゃない。
一方的ななぶり殺しになってしまう。
その闘いに入っていると言うことは、常に手に意識が向いているのだ。
自分の緊張や焦り、あがりにばかり神経が集中している。
無意識では手に意識が向いていると言うことは、「震えろ」「震えろ」とマイナス暗示が強くかかっているのだ。
これでは虐殺に等しい。
だから苦しんでしまう。
いつまでたっても治ることなんかないかもしれない。

それぞれの症状にこれをあてはめてください。
手の震えやあがり症、書痙に限らず、あらゆる心の症状に当てはまることだと思う。
不眠症もそうだ。「気になる」ということもそうだ。
これこそが、単純に見えて、矛盾のようで、奥の深い一番の真実なのだ。

神経症の心の働きほど矛盾しているものはない。そして単純なものはない。
でも奥がとても深い。
しかも複雑にこんがらがっているように思えてしまう。
だから難しいものなのだ。
だが、実はこんな単純なものだ。
問題はこれができるか、ということ。
難しいし、甘くない、と言っておきたい。
でも、やれるものだ。
複雑化、難治化させているのは自分の間違った思いこみが大きい。
目を覚まさせてくれる人がいないといけない。
私は幸運にもすてきな人と出会えた。

闘わなければならない。
でも、努力の掛け違い、つまり闘う場を間違えると大変なことになる。
観念や知恵の世界でみんな努力してしまう。
その結果、泥沼に入り込んでしまっている。
開き直れるということは、もっと人間の根幹、哲学、ハートの部分から起こらなければならない。

そのためには無意識部分からの処理、間違った認識を正す、自分の過去を見つめる、変わってやろうという意志が合わさって、はじめて可能になれた。
どれか一つかけていても悩みって良くなるには大変だと思う。
一人の力だとどうしても袋小路にはまってしまうと思う
結局、やらなければ、やれなければ、ずっと苦しむことになる。
だからやらなければ、何もはじまらない。
決意と覚悟が結局必要になる。
怯え続けていては一生治ることはない。
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かけがえのなかった私の先生へ (名セラピストの中の名セラピストこと岩波英知先生)

熱いハートを持った人だ。魂から徹底している人だ。
理屈は通用しない。小細工も通用しない。小ずるい対策も通用しない。
敵に回したら先生ほど強敵な人はいないだろう。
幸せなことに、悩んでいる人の味方だ。
しっかりと自分を持っている。
そして悩みようがないといっているから、本当に強い人だと思う。
じっくり話し合ったことがあったが、昔悩んだことがあると言っていた。
想像がつかなかったが、でもあの強さとパワーとスピードは、克服したからこそなのだ、と逆に納得がいった。
自分が大好きだと言っていた。
自分に満足できているから、とても親切にしてくれた。本当に感謝しつくせない。
人間的な大きさ、凄み、誰かが書いていたが「カリスマ性」、鋭利なほど洞察力を持った頭、何よりも大きな優しさ、そういったもの以外に感心したことがある。
それは、とても研究熱心と言うことだ。
私はあの熱心さに比べればまだまだ甘いと感じた。
だからこそ、あれほどまでの誰もまねできないレベルにある技術が身についているんだろう。
天才とは、素質もあるだろうが努力と熱意がほとんどを占める、と先生を見ればよくわかる。
悩む人は、私もそうだが、執着心が非常に強い。
だけど、建設的な執着心じゃなくて、情けないことに悩みばっかりのものだ。
先生はプラスのもの、自分が絶対身につけてやろうと思う執着心はすごい。
先生の元に神経症克服だけでなく、その技術やノウハウを学んでいる人も多く来ているらしいが、先生に匹敵する人は今後現れるのだろうか?
話し方の技術、コミュニケーション能力、人を引き込む力、人から高く評価されるパーソナリティなど超一流で、神経症、あがり症克服後も、人間関係の構築、コミュニケーションスキルを岩波先生元で学びたいといつも強く思っていた。
悩みの本質を見抜く力や反射神経ではまずかなわないだろう。そして経験値も。
本音で生きている人だから、言っていることに矛盾が全くない。ぶれが全くない。
よく前に言ったことを忘れてしまうことは多いが(笑)、ささいな枝葉の部分はどうでもいいという人だからだ。
根っこの部分だけは本当にしっかりしている。
だから、昔先生が私に言ってくれたことが、今になって、「あ、こういうことだったんだ」ということがいまだにたくさんある。
その都度、私は成長してきた。そして今も成長していると思う。
だから、話し合うことが楽しみだった。
そして、私の何歩も先に行っていた。いっぱい知ることができた。
あれだけ支持されるのは当たり前と実際感じることが出来た。
つまり本物の人間だった。
ある種の悟りを持っている。
悟りといっても堅苦しいものじゃなくて、本質をよく知っているという意味でだ。

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 私のかけがえのない先生に最大限感謝の気持ちを捧げます。あなただけでした、私を神経症から解放してくれたのは。私自身も頑張れたと思います。頑張れたのはやっぱり先生の力でしたが。




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