外科医神経症闘症記(手の震え、あがり症、書痙) 克服の体験記

外科医神経症闘症記(手の震え、あがり症、書痙) 克服の体験記

外科医の私が手の震え・書痙・自律神経失調症・あがり症・強迫観念と心身症・不安神経症、不眠症に陥ったときの記録と神経症から脱出するためのヒント

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外科医神経症闘症記ブログバージョン 目次

当ブログのカテゴリー別目次です。
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神経症、あがり症、手の震えは、時間との勝負。猶予はほとんどない

このブログは、心の問題に直面し、どんなにあがいても抜け出せない人向けに書いていますが、私の体験記が励みになればこれ程嬉しいことはありません。

しかし、神経症の段階にまで至ってしまうと、時間が症状を解決してくれているなんてことはありえないと思います。

悩みと苦しみがもっとひどくなっていくしかありません。

ちょうどガンをほっておいて、ついには末期がんに至るように、心の悩みもどんどん悪い精神状態を引き寄せ、増殖させていくのです。

自力で解決できないどころか、もっと状況を悪化させてしまうレベルの心の悩みは、がん細胞と同じです。

根っこから取り除かないかぎり、どんどん転移し、あらゆる部位に広がっていきます。

私も自分で制御できない心の問題に直面した時、おいおい良くなるさ、時間が解決してくれるという楽観的な見方をしていました(そうするしか方法がなかったとも言える)。

だが、考えてみれば、神経症とは自分の無意識から生じている最も厄介な症状であって、我々が無意識から逃れられないように、神経症から逃れられない

いつのまにか神経症が治っていたなんてことはない。

ちょっとマシになっても、何か不安なことに直面すると、すぐに悪化してしまう。

いくら薬を飲み続けても、それが治療だと思っていると、一気に悪化してしまう、あるいは薬が効かなくなってしまうという悲劇が到来してしまう。

私はそういう経験を通してきたため、時間が解決してくれるという無責任な放言はしないようにしたい。

神経症は甘くない。非常に厄介なものだというのは、私が言うまでもないことでしょう

神経症の時期が長いほど、克服するのも困難になっていく。

だから、無意識レベルから根こそぎ解決していかなければならない。

もし苦闘何十年の後に、手の震えや神経症やあがり症、あるいはうつ病を克服したとしても、その間に失った時間は二度と取り戻せません

やっと解放されて自由になれたと喜んでも、そんなものは一時的で、悩みで失ってきた膨大な時間を考えた時、襲ってくるのは後悔だけでしょう。

胃がんの手術が成功したけれど、すでに全身にガンが転移していたなんてことになりかねない。

だから、神経症はなったら、早期に無意識から解決しなければ、一生の悪友として付き合わなくてはいけなくなる。

その悪友はがん細胞よりもたちが悪い。

人生の尊厳を踏みにじってくる

だから、時間的にあまり余裕がないのだと肝に銘じておくのがいいと思います。

私はどんなに頑張っても、マイナス思考に陥ったら、もっと酷い抑えきれない不安しか獲得できなかった。

時間が解決してくれたことなんてなかった。いかに甘かったか、しっぺ返しをくらいました。

自然に治ってくれることなんてなく、不自然に病んでいくことしかできなかった

どんな病気も、神経症でも、早期発見、早期治療しか、生き延びる道はないのです。
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トランス呼吸法が私を救ってくれた(岩波先生のプログラムにかよっている方向け)

外科医の7割が当直明けの手術を経験しているそうです。

つまり日勤→当直→日勤(当直明け)の手術をしなくてはいけない。

そのため30時間以上不眠不休で手術に参加したことがあるということです。

私もやはりそういう経験が結構あり、非常にしんどい思いをしたし、その疲労度は集中力も判断力も低下させる。

そのため、医療事故につながるかもしれないという不安があった。
 
肉体的にも精神的にもギリギリでやらなければならず、とにかくつらかった。

なぜ好き好んでこんなことをやらなくてはいけないのかと、外科医の仕事を呪ったこともあった。

まともな思考がなくなって、ボーッとした状態で手術をしてしまい、はっと我に返ったこともあった。

外科医はどの科よりも一番きついと聞いていたし、その覚悟もあったとはいえ、こんなことがしょっちゅうあったらたまらない。

私に短時間の疲労回復術やストレス受け流し術が身についていないままであったならば、馬鹿らしい単純ミスで手術を失敗していたかもしれない。



しかし、いまではトランス呼吸法をそれなりにマスターしたため、当直時でも当直明けでも疲労を短時間で回復させる手段を手に入れることができたと思う。

もしマスターしていなかったら、私はいつまでたっても、ストレスに苦しめられて、仕事に人生に生きる意味を見出せられなかったかもしれない。

当直明け手術があった場合、手術が始まるまで、例えば麻酔科医が到着するまで時間があったら、すかさず私は呼吸法をするようにしています。

たった5分だろうが3分だろうが、必ずやっています。

その時、息とともに脳が緩んでいき、全身の力も抜けていく想像をします。

すべてのストレス、体の硬さ、プレッシャー、心配事、体のきつさ、疲労感、そういった塊が吐く息とともに吐き出されるイメージです。

それを何度もやり続けると、不思議と頭がクリアになり逆に冴えていきます

すごく体が軽くなり、逆に集中力が増します

最初、その状態になるまではかなり時間がかかったり、全くならなかったりしたが、今では短い時間でも作り込めるように訓練されたと思う。

極度の疲労の中でも、そんな状態になれる嬉しさが私に希望を与えてくれた。
(ただし、それは岩波先生のもとで呼吸法をたくさんやって、さらに脳覚醒技術を体感したことでつかんだものがあったからで、中途半端に呼吸法をやっても、そこまで到れることはないでしょう。さらに中途半端な呼吸法は、人によっては消えないままの抑圧を引き出してしまう恐れもあるため、優れた指導者の元やるのが一番です)



この自信がどれだけ外科医の激務に有効的か、すばらしい技術を手に入れたと思うし、本当に身につけてよかったと思います。

精神的に肉体的にギリギリの状態に追いつめられた時ほど、トランス呼吸法は私を助けてくれます。

いつでも私は切り抜けられるという自信も得られました。

他の人ならば心身をすり減らしてきつい状態で仕事をしなくてはいけないところを、私ならばやりこなせるという自信です。

激務の医師にはぜひ呼吸法を取り入れて、心身が追い込まれた時の集中力と疲労回復法を身につけて欲しいと思います。

手術や診察のミスは、一人のミスで終わらず、患者さんやその家族、病院関係者にまで、不幸を広げてしまうのだから。

根性と気合いだけでは乗りきれない場面も仕事上にはたくさんあります。

呼吸法は魔法のように私の全身を癒やしてくれます

その気持ちよさといったらない。

ただの気持ちよさに終わらず、もっと深く質の高い、どんな睡眠を重ねた以上の深みを、意識がありながら味わえる。

セロトニンなど脳内の神経伝達物質を出すことで、脳を再リセットできます。




私が呼吸法を時間がない中でも、それなりの形にもっていけたのは、危機感と必要性からでしょう。

これをマスターしなければ、外科医としてやっていけない動機が強かったため、異常な集中力で取り組めたんだと思う。

必要は発明の母とはいったものです。

今では短い時間でもかなりの効果を得られるようになったと思う。

自己暗示も入れられるようになり、疲労回復集中力増強ストレス解消、深い変性意識状態における難題への気づきが、どれだけ私の人生を救ってくれたか。

実に実生活でも仕事でも役立っている。



もし呼吸法が時間がなく呼吸法がやれないのであれば、なぜ呼吸法をやるのか、その動機付けをご自分の人生と結びつけて作ってください。

トランス呼吸法は自分の心を変えてくれます

過去も変えてくれます。心の傷も癒やしてくれます。

理性では処理しきれない心の抑圧を解放させてくれ、プラス暗示を無意識に叩き込める脳の状態を作ってくれます(ただし、自力ではここまでならなかったことを書いておきます。呼吸法を最大限効果を発揮させてくれる方法があったから、武器にすることができました)。

その上で、結果を求めず、呼吸法をやってください。

強い動機を持ったうえで、結果を求めない

この二つのバランスのコツを掴んだ時、自分を変えるパワーを持った呼吸法が自力でできるようになります。

可能ならば(岩波先生のプログラム経験者は)、息を吐く時に、深い変性意識状態の強烈な感覚を思い返して浸ってください。

脳というものは感覚と感情にリンクしたものならば、ずっと忘れないでいてくれます。

悪い感情とリンクした体験がトラウマになって、生涯自分を苦しめるのと同じく、いい感覚も脳内に記憶されています。

心地よさや快感を伴った変性意識状態は、いい感覚なので、それを使わない手はありません。

頑張ってください。

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対人関係の苦手を克服 手術時の主治医から患者さんへの説明

手術を受ける患者さん(オペ患)には主治医が説明をしなくてはいけません。

それもどうにも嫌で苦手なものだった。

外科医は腕一本で患者さんの命を救うだけしていればいいわけではなく、その前後がとても重要で、私にとってはすごく負担だった。

が、仕事というものは、やりたいことだけできるわけではなく、やりたくない分野でこそ、仕事への評価が決まってしまうものなのかもしれない。

苦手を苦手のまま、自分を変える努力を怠ると、必ずしっぺ返しが来るのだと思う。



患者さん本人だけならいいにしても、家族が同伴するのが一般的で、その中での説明はやりたくなかったものです。

どんな手術をするのか、万が一どういう危険性があるのか、成功しないケースの可能性提示、そもそも本当に手術に同意するのか、麻酔から目覚めた時の錯乱状態のことまで、説明をしっかりしなくてはいけません。

それをしないと医療訴訟問題の火種となるわけで、避けて通れないだけに嫌々やっていたものだった。





そして患者さんやそのご家族に同意書への署名を書いてもらいます。

私の書痙がひどくなっていた時は、人様のサインを見るのもゾッとして嫌でたまらなかったし、説明から何から、心からやりたくない気持ちでいっぱいだった(当時はいつもこんな感じで悩んでいた)

しかし、文字を書くという行為、軽いものを持つという行為は、絶対に避けて通れない。

そこで書痙や手の震えの悩みを持ってしまうと、逃げ場がないということだから、毎日心が病んでいくのも無理は無い。

ずっと不安に苦しめられることになる。



さて、今は苦手意識はなくなり、逆に患者さんやご家族の不安いっぱいな心を解きほぐしたり、笑顔を引き出すような話し方ができるようになった。

よく成長できたと思う。

あの抜群に明るい自由自在な会話術の持ち主、岩波先生から会話や人間関係構築のエッセンスを教えてもらったり、盗んだものが、どれだけ私の人生を実りあるものにしてくれたかわからない。

昔はつまらない事務的な説明しかできていなかったのだろう。

苦手だと思っていることでも変われるものだ。

苦手を苦手としているだけでは、人生の可動範囲が狭まるだけなので、積極的に主体的に克服できるものからやっていくといいと思います。

できないことができるようになることほど、成長を実感できることはない。




余裕が無い時は、気の利いたことなんて言えないし、うまく話せません。

体が固い時は、精一杯いいことを言おうとしても、脳が思考停止して出てこない。

人間関係もぎこちなくなるし、会話も弾まない。

せいぜい事務的な対応しかできなくなり、人の心はつかめないし、離れていってしまう。




しかし、柔らかくなると、手の震えが出にくくなるのはもちろん、発想も気の利いた言葉もすべてが自然とスーッと出てくる

説明時でも、心配な患者さんや家族が一番投げかけてもらいたい言葉をパッと把握し、一番いい言葉を発することができる。

その一言があるかないかで、医師と患者さんの信頼関係がなくなるか、強固なものになるのか分かれてしまう

ちょっとしたことだけれど、とても大きいと思います。

医師というだけで『先生』と呼ばれプライドを保っているけれど、人間関係を成立させることが下手で、人望がない医師は多いと思う。

人望がないことを感じたくないから、よけいにプライドで身を固めて、孤独になっていく。

昔はそれで医師として成立できていたかもしれないが、もう今はそんな時代じゃない。

コミュニケーションスキルがない者は、どんな職業でも、やっていけないだろうし、生きづらい事この上ないと思う。



しかし、コミュニケーションスキルを身に着けたら、ちょっとした言葉の投げかけだけで、相手はその人の印象をガラッと変えることもわかっていった。

小さなことだけに、その人の本質がわかってしまうというか、人間関係、医師と患者さんの関係は奥が深い。

その機微がわかってきてからは、説明時も診察時もとても楽になりました。

弱点や苦手分野から逃げていたらダメだ。

逃げていたらもっと苦手になる。

生きづらいことこの上なくなった時、変わろうと思っても、脳は固まり、手遅れになってしまう前に、スキルを身につけるべきだと私は思います。

テーマ:医療・病気・治療 - ジャンル:心と身体

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自律神経失調症、不定愁訴の体験記と克服

私は手の震え書痙で苦しんできましたが、当時は自律神経失調症でも苦しんでいました。


自律神経失調症は、自律神経のバランスが崩れ、交感神経が暴走して異常な心身の戦闘状態が続いてしまうか、副交感神経が優位になりすぎて無気力になる症状です。

自分でコントロール出来ないし、勝手に起きてしまうし、起きたらコントロール不能なだけに、対処しようがなく、もっと症状を意識して、悪化させていきます。

不定愁訴とも言い、本人の苦しい自覚はあるのに、医師も周囲からも理解しにくい状態です。

もしくは更年期障害とも病院では診断されるものも、自律神経失調症と非常に密接です。

医師の診断など結構いい加減というか、さじ加減ひとつというか、ある病院の医師は「あなたは自律神経失調症です」と言い、別の病院では「不定愁訴症候群ですね」と診断を下します。

そして、更年期障害と言われる可能性もあるわけです。

心身症とも言われる可能性があります。

眠れない症状を特に訴えたら、「不眠症」とも言われてしまうかもしれない。



しかし、診断名だけで騙されてはいけない。

結局、自律神経失調症も不定愁訴も更年期障害も心身症も、似たようなものだからです。

どれも体の不調からのみ発症するのではなく、自律神経(交感神経、副交感神経)が狂いを生じるから。

更年期障害はより体の不調に重きをおいた診断でしょうが、精神的に優れなくなるのが慢性化することには違いないです。




私自身が、自律神経失調症でもずっと苦しめられてきた。

常にストレスにさらされ、予期不安といった心配事にどっぷりつかり、不規則な生活が続いていたら、自律神経のバランスが乱れないわけがない。

具体的な症状としては、震えがひどくなるのはもちろんのこと、
心拍数があがり動悸がひどくなる、倦怠感、耳鳴り、吐き気、偏頭痛、慢性的疲労感、不眠症といったもので、常に気分が晴れず、どんなに逃れようとしても、私が私であるかぎりついて回ってきた。

最初は体の不調を疑い、病院に行った。

しかし、いわゆる不定愁訴で、検査してもどこも異常な数値が出なかった。

どうもおかしいと思いながらも、事実として常に身体につらい症状だけがあった。

薬や漢方薬もどれも解決にならなかった。



人間は原因が分かれば気分がいくらか晴れるものだが、どんなに体の不調を訴えても、医師は異常がないという。

これが自律神経失調症の怖いところでもあり、不定愁訴症候群の特徴だった。

得体のしれない症状に、私はかなり苦しんだし、不安に襲われた。

ずっとこんな苦しい状態が続くのか、いつ治ってくれるのか、そればかり考えてしまった。


しかし原因はさっぱりわからない。

医師の私でも、しばらく決定的な原因を見つけられなかったし、診察した医師もそうだった。

苦しいのに、客観的所見が得られない気持ち悪さと抑うつ感と苛立ち。

私なりに調べた所、自律神経失調症が該当し、やっとホっとできたことをよく覚えている。

とはいっても、何も現実はいい方向に変わらなかったのだが。




私の自律神経失調症がよくなったのは、根本のストレス要因や抑圧が無くなっていったからだ。

心が整ってくれれば、自動的に自律神経失調症も良くなる。

根本のストレス要因がなくならない限り、自律神経失調症は治ってくれないとも言える。

心と体は密接にリンクしており、どちらかが崩れると、もう一方に悪影響を与え、それが跳ね返って、終わることのない負の連鎖が始まる。

私の体調の悪さが、精神的な苦しみを発生させ、自律神経の働きがおかしくなり、身体症状として現れてしまい、その尽きることのない断続的な苦しみのせいで、もっと精神的におかしくさせてしまった。

こうなったら、自力で自律神経失調症から抜け出すことも叶わなくなるし、まともな医師でも、その悪循環を断ちきるのは時間がかなりかかることだろう。

それに、根本の精神的な病因から起きていた場合、それがなくならない限り、どんな名医でも治せない。



心の健康が害されている限り、身体的にも精神的にも健康になることはないことを私は悟った。

そんな私が自律神経失調症から抜け出せたのも、無意識レベルから精神的病因を取り除けたからだ。

これも岩波先生の技術とプログラムのおかげなのだが、脳覚醒状態時に脳内の神経伝達物質が出まくることで、自律神経のバランスが一気に整ったのが原因だと思う。

極度に心地よい心身の状態と味わいつつ、心の抑圧が晴れていくことでストレス要因も減り、普段の生活でもストレスを受け流しやすくなることで、どんどん好循環的に交感神経と副交感神経のバランスが整っていったのだと思う。

体と心にとてもいい神経伝達物質(エンドルフィン、セロトニンなど)が、脳覚醒状態の時に迸ることで、ホルモンバランスと自律神経の乱れが治るのだが、私は手の震えの症状よりも、先に自律神経失調症が治っていった。

こうなると、自分自身の心身に自信を持てるようになるし、心に余裕ができるから、過度の緊張も突き上げにくくなっていったのだろう。

体が不調な時はどんなにあがいてもダメだった。

体がきつくなると、心まで重く引っ張られてしまうし、ストレスで心と神経がやられてしまうと、まともに体に反応が来てしまう。

心身症になるのも、やはり心の状態の鏡としてなるし、心身は非常に密接している。

これを分けて考えては決してならないと私は思う。




診断を下す医師も、今一度その視点から、物事を見てほしいと思います。

心の悩みが長く続いた人は、必ずと言っていいほど自律神経のバランスが乱れ続け、自律神経失調症に必ずなってしまいます。

現在の難問を解くためにも、自律神経の乱れをまず取り戻すことからはじめてください。

自律訓練法でははっきりいって力不足でしょう。

現在頑張っている人には申し訳ありませんが、自律神経の乱れをほんのちょっと正すぐらいで、自律神経失調症が完全に治ることは奇跡に近いです。

呼吸法をやりぬき、脳内の神経伝達物質(脳内モルヒネ、エンドルフィンなど)の放出をコントロールできるようになれば、克服可能な心身の状態となるでしょう。




自律神経失調症も更年期障害も、あなた自身の考え方や物事の捉え方、それまでの人生の有り様全部が問われます

症状克服のためには、自分を根本から総決算する必要があると思います。

ストレスを人以上に感じてしまうならば、当然のように自律神経もホルモンのバランスも崩れます。

抑圧のはけ口が下手だと、ますます貯めこまれた抑圧によって心が暗闇に覆い尽くされます。

心身の不調に必要以上に執着してしまうと、ますます交感神経が優位になり、心が休まることがなくなり、様々な生きづらさを演出してしまいます。

家族や周囲の環境そのものがストレス要因になっている場合もより症状を悪化させ長引かせるでしょう。

ただでさえ、自律神経失調症は理解が得られない症状なのだから。

考え方、捉え方、歩んできた道、現在の環境、自分の脳、すべてを一回洗いなおす絶好の機会です。

これを乗り越えることができた暁には、自律神経失調症を発症する前よりも、はるかに自由で豊かな未来が待っています。

つらい憂鬱でイライラした毎日が続くと思いますが、いいきっかけにしてください。


無意識の病因がある限り、私たちは健やかにたくましく生きられることはないのです。

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神経症の悩みが解決した時の自分

神経症の悩みが解決した時の自分はどうなっているのか?

という話をします。

人が変わる時、人格までガラッと変わったり、性格が一変することを想像するのかもしれない。

私も震えや書痙で苦しみの真っ只中におり、先の展望が全く見えない頃、治った時の私を想像することがよくあった。

しかし、そもそも震えない状態で、快適に生きていることなど全く想像できなかった。

無理やり想像しても、全く自分ではない人間になっていることしか想像できない。




しかし、神経症を克服してみると、案外私は私のままだったりする。

性格がガラッと変わったわけではない。

つまりは、人がマイナスの状態からプラスに転換する時、あくまで自分のままでいるということ。

これは多くの治った人が言っていることだから、私だけの思い込みではない。




医師の立場から述べると、私の緊張しやすい性格は、マイナスに行けば手の震えで手術がおぼつかなくなる

と同時に、プラスに振り分けられるようになると、非常に繊細さと感覚の鋭さが必要となる手術を大成功に導いてくれる

どちらも紛れもない私だ。

だから生きていて今は楽だし、多くの感動を激務の中でも味わえる。




本当に、そこまで私をしてくれた岩波先生には感謝している。

もし岩波先生に会っていなかったら、自分の毒によって身も心もボロボロになっていただろう。

いまは同じ性格要素がになってくれている。

もし人格と性格が私ではない状態で変わったとしたら、もし震えの悩みがなくなったとしても、私は違和感を感じて生きていたと思う。

それは虚無だ。

岩波先生も、その著作やホームページの言葉集で言っているように、地獄の特訓や洗脳で無理やり人格を壊して、マイナスを消すようなやり方では、必ず限界がくる

あくまで生きているのは自分なのだし、それで生きてきたわけで、これからも私のままで生きていかなければならない。

だからこそ、自分の性格のまま、それをプラス要素で駆使できる人間になること、それが悩みから解放される道だと思う。




どんな要素にも陰と陽がある。

どちらにそのリソースを振り分けるか、いや振り分けられる人間になるかが勝負です。

あなたはあなたのままでいい】という使い古された気休めにもならない言葉も、そういう意味では真実があると思います。

そこに至るには、悟り、気づき的悟りを、本能レベルで直感として得ることしかないと思います。

それ以外の模索は、自分を無くしてしまうか、理性だけでの理解に終わり、一生実感を得られないまま、迷いながら生きていくことになるでしょう。

まあ、私がずっとそうやって生きてきたわけなので、同じ過ちをしないで欲しいと心から思います。

知識で「こう生きたら楽だ」というレベルでは、自分を乗り越えることなんて一生できないでしょう。


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私のあがり症発症時の手術、現在の手術の比較

最近オペが楽しくなってきている

手の震えの苦しみが薄らいできてからは、昔のような神経をすり減らすような疲労感、予期不安感はなくなっていたが、何よりミスが心配で楽しむほどではなかった。

震え克服時期の最初の方は、また震えたらどうしようとか、私よりも偉い人が見ている前で少しでもうまくやろうという気持ちが出て、とても窮屈であった。

のびのびと腕を奮えていない感じがあった。




しかし、今は違う。

手術をすることが楽しみとすら思えている。

患者さんにとっては、命を預けた医師が手術が楽しいと言うのは、ちょっとどうかと思うかもしれない。

しかし、執刀医が手術を楽しんでいるときは、とてもいい手術ができているということだ。

当然外科医にとってミスはつきものだ。

誰だってミスをしていながら、それをカバーしながら手術を成功させている。

もちろん命の危険につながるミスは絶対にしてはいけないが、予想以上の出血は手術をする以上いつでも起こりうる。

そのときの対処法によって、名執刀医かどうかが分かれると言っていいと思う。

人間力や総合力がすべて問われる

そこでパニックになると余計傷口を広げてしまうが、冷静に対処できたらミスはミスとはならない。




予想外のことが起きるのが手術だ。

今の私はそれすら楽しむことができるようになっている。

不謹慎に思わないで欲しい。

それぐらいの脳の冷静さと余裕を、偉い医師がみている前でも発揮できるようになったからこそ、予期せぬことも刺激となり、私の能力発揮の場として楽しむことができる

それにつけても脳の余裕は大事だ。

私は昔の悩んでいた頃よりもはるかに脳に枠が広がっていると感じる。

人はミスをする。

しかし何にも増して重要なことは、ミスをしたときにどう対応できるかだ



そういう対応力、応用力は、脳と心の余裕が無いと出てこない。

余裕が無いと、ミスがそのまま自信喪失と、取り返しの付かない大失敗に悪化してしまうだけだ。



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大手術の成功と呼吸法による疲労のコントロール

今や私は大きな手術でも自分の能力をうまく出せている感じがしている。

昔はどう失敗しないようにするかばかり考えていて、非常に窮屈であった。

仕事の時だけじゃなく、生きることすべてで枷となっているものに囚われ続けていた。




最近大きな手術を経験した。

何時間にも渡る大手術で、まさに休む暇もなかった。

トイレも行けないほどの激務が続く中で、今の私は成長を感じていた

昔の私は手の震えを抑えようとした結果、3時間の手術が10時間を超えるそれの疲労をはるかに超えていた。

腕や肩の疲労は当然だが、何より精神的にやられた。

今回私が6時間に至るかという手術を経験したが、不思議と疲労を感じなかった。

まだまだやれるという気持ちが強いほどだった。




まず手の震えの異常な緊張状態がなくなったこと、あとは疲れたとしても、呼吸法でいつでも疲れをとれるという自信があった。

トランス呼吸法は不思議だ。

大手術の中で少しでも手を休める時間があれば、私はためらわず少し目を閉じて呼吸法をしていた。

一分もなかったかという時間で、呼吸法をやめると心がおさまり、不思議と頭が冴えている

もちろん疲労感もとれている。

何時間も休まずに手術を続けていたから当然体は疲労していただろう。

手を下ろす暇もないのだから。




だがトランス呼吸法で、私の精神が肉体の疲労を超えてくれた。

そして何より呼吸法で全身の力が抜けてくれる。

緩みが増すから、手の震えなどまったくなく、さらにメスさばきが冴え渡った。

リズムよく軽やかさに私は手術することができた。

一種の覚醒状態だったのかもしれない。

自分で言うのも何だが、一番今まででいい手術ができた。



今まで私は手術中に呼吸法をしたことがなかった。

終わった後や始める前に心を整えるためにやっていたが、たったあれだけの時間で劇的な効果を得られるとは不思議だった。

これがトランス呼吸法の威力だと改めて実感した。

私はまた大きな武器を手に入れた喜びに浸っている。

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緩み それは手術いや人生に一番大切なもの

私は手術アレルギー、オペ恐怖症になるくらい手の震えに悩まされた。

その時の私は緩みが100%ない状態で、どうにか失敗しないように発覚しないようにだけ神経をすり減らしていた

だからいま考えるだに恐ろしい!

私にとっても患者さんにとっても病院にとっても。

そんなだから手術の腕はどんどん落ちていった。

上達しようがなかったし、ごまかすこと、言い訳ばかり考えていた。

脳が完全に震えの悩みの虜になっていた。




逆に今の私は自信を持って外科手術をこなしている

その差は何か?

タイトルのごとく緩みがあるかどうかだ。

私に限らず世の中の名医は、手術時に惚れ惚れするくらいの軽やかな手さばきをする。

もちろん大手術は緊張するだろうし力が入ってしまうだろう。

しかし不思議なことに何故か手さばきだけは、いざとなると力んでいない。

私の経験から、リズムに乗ってくると脳から緩みの指令が来て、大舞台でも力を発揮できるのだ。

緩んだ時ほど脳の潜在能力が発揮されることはないと思う。




手術の腕に限らず、格闘術の達人名人の類も何ら気負ってはいない。

不思議なほど全身の力が抜けている。

だからと言って隙も全くない。

それこそが理想の人間の姿だと思う。

緩みが一番能力発揮に必要だと達人はみんな知っている。

そして最大のパワーとスピードを出せるのはその緩みから急激に力を込めた時だ。

その落差が大きければ大きいほどとんでもない威力を発揮する。

緩みは手や腕だけが緩んでいればいいわけではない。

脳が絶対的に緩んでいなければならない

手の震え、書痙で苦しむと緩みの感覚をすっかり忘れて記憶が遠のいてしまう。




かといってヨガなどでリラックス感を味わっても、仕事に追われまた体が固まって行く現実もある。

焼け石に水であるし、そもそも震える、力が入るルーツが無意識に根深く定着しているのだから、ストレッチ、ヨガなどでは難しい。

それにどんなに緩めたところで、予期不安が強いとすぐ脳が緊張していく

そんなこんなで生半可なことでは、硬さしか知らない感覚を緩みのそれに変えることは実に難しい。

だが、脳は一番最近の一番強い感覚(できれば圧倒的な感覚)を忘れはしない。

そこで私がやったことは岩波先生に強烈な緩みの感覚を脳に覚えさせて、家でのトランス呼吸法の訓練時に、その感覚を再度思い出させ、常に緩みの感覚を脳に味合わせ続けた

そうなるとまずは手術以外のときにいつでも脳から緩みの指令を出せるようになった(他にもルーツ整理や抑圧処理やプラス暗示の力もある)

そして本番の手術の時に、次第にかつてうまくやっていた頃の力の抜けた感覚を取り戻せるようになっていった




深い脳覚醒トランス状態では全身があり得ないほど緩む。

これは他の人がそうなったり、自分もなる人ならわかると思う。

そして心地よいまどろんだ感覚の中で、深い人は子供時代の感覚に浸れるようになる

子供時代は全身が柔らかく身構えることも少なかった時代だ。

当然脳が緩んでいく。

それにしばらく浸ることで、緩みを膨らませていくことができるようになった。

そして、メスさばきから何から全てに手術の腕が格段に上がっていった

以前のようなムキになって力んで焦ってうまくやろうとして完璧な結果をめざしていたときよりも、あろうことか緩みの感覚支配の中で行った手術の方が断然うまくいった

私は身をもって感覚としてそのスキルを獲得できるようになった。

どうやら手術が下手だなと感じる人は、例外なく緩みがない

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体と脳(思考)が硬いと震えは増幅する。緊張は健康と手の震えをもっと悪化させる。

医師をやっていると、つくづく心理的不調や心配事や過度の緊張やストレスが、いかに体に悪影響を与えるか思い知らされることがあります。

緊張そのものは過度のレベルでなければあって当たり前です。

逆に緊張感があったほうが命の張り合いがあると思います。



しかし、過度の緊張が常にあり、ストレスに苛まれている人は、精神的にもきついですし、身体的にも嫌というほどの弊害が生じてしまいます。

まず私が苦しんだ自律神経失調症、つまり自律神経系のバランスが崩れます。

交感神経だけが活発に動き、暴発していきます。

これは自分の意志でコントロールができず、やれることと言ったら緊張して体をこわばらせたり、防衛本能を強めるだけなので、もっと副交感神経の働きがなくなっていきます。



また内分泌系、免疫系の働きが低下します。

これらの組み合わせで、更年期障害、慢性的な頭痛、肩こり、高血圧など身体に悪影響を受けない部位はないぐらい心身共に、ひどいことになっていくのです。

心身症、心気症、不定愁訴、自律神経失調症、そしてうつ病と、身体的にも精神的にも先が見えない暗闇に突入していくのです。

そうなると、緊張系の心の悩みを超えた、生き地獄が到来してしまいます(緊張だけでも死にたいぐらい苦しいのに)



つまり、緊張と弛緩のバランスがとれている人ほど健康的に生きられるということも言えます。

もう一つ付け加えれば、割り切りがいい人ほど長生きできます。

一番ダメなのはいつまでも精神的緊張と不安と後悔を引きずったまま、ずっとどんよりとした精神状態で暮らすことです。



特に真っ先に精神的不調が悪影響を与えるのが、肉体的な硬さです。

手や足に緊張がそのまま震えとしてきてしまう方は、例外なく『異常に』体が硬い。

異常に背中が張り、首や肩が凝り、腕にしなやかさも何もあったものじゃないほど凝り固まっている。

それが第二第三の手の震えの原因となることは以前書いたと思います。



さらに胃腸もやられやすくなります。

内蔵も緊張の影響を直に受け、胃腸炎や過敏性腸症候群にも波及してしまう。

私も恥ずかしい話、手の震えや書痙で苦しんでいた時、慢性的な肩こりや倦怠感に襲われており、胃腸炎になりやすく、そして下痢ばかりをしていました。

自律神経失調症、不定愁訴症候群にも苦しんでいました。

いかに精神的ストレスと過緊張が肉体的に悪さをするかの一例ですね。



とにかく過緊張症の人は、脳に緩みの感覚を味あわせないといけない。

何が一番固まるかというと、まず肩や首ではなく脳みそが硬直化するのだということを知ってほしいと思います。

脳みそが硬い人は思考も発想も硬直化して融通が効かなく、常に悩みに執着しすぎ、固定観念にとらわれ、マイナス思考をしてしまう

もっと楽な柔らかな発想が全くできなくなり、それが手の震えを増幅させてしまう。

手の震えを止めることばかり考え、止める行為そのものが手の震えを一層強化してしまう矛盾に陥ってしまう。



だから、脳みそにリラックス感と弛緩をぜひ味あわせてください。

もうお酒に酔っ払いベロンベロンに緩んだぐらいにトランスストレッチをやってください。

そうやって脳にくつろぎとまどろみを与え続けないと、手の震えの悪循環から脱出することは難しいでしょう。

手の震えを止めるには、そのルーツとなる原因処理はもちろんのこと、肉体的、脳科学的にもリラックスと緩みを作らないことには、日々の震える場面をしのいでいけないでしょう。

ただ頭の中でグルグルグルグルと震えないようにすることばかり考えていたら、一生脱出できません。

手の震えを克服できた人は、私を含め、私の知る限り脳に緩みを得た人だけです。

そこで得た心の余裕が手の震えを解消させていく土台となるのです。

ちなみに心の余裕がなくても、前よりは切羽詰まっていないという感覚でも、手の震えが発動しにくくなるので、最初から余裕自体をつくろうとしないほうが良かったです。



精神的な悩みは身体的な悩みに直結し、それが再び精神的悩みの悪化に跳ね返ってきます。

その悪循環を、根本から断ち切らなければ、いつまでも症状を引きずったまま苦しい思いをすることになると思います。
【“体と脳(思考)が硬いと震えは増幅する。緊張は健康と手の震えをもっと悪化させる。”の続きを読む】
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プラス暗示と抑圧解消とトランス状態と

トランス状態(脳覚醒トランス状態)について前回書いたが、それは無限の可能性がある。

そこで強力なプラス暗示を早く入れ込みたい、と私も当時気が急いていた。

目の前にある危機(手の震え、書痙、自律神経失調症など)があるのだから当然だ。



だが、プラス暗示は、ある段階を超えた後でないと、無意識にとって意味が無いとわかった。

そもそも暗示が入る状態、それはすなわち普通じゃない意識の流れである。

その状態になることが最終的に大事だ。

体験した人でないとわからない世界だが、人には脳科学ですら把握しきれない、意識の特殊な流れがある。

それは確実に岩波先生が作り出してくれるものだが、劇的にその状態に入るためにも通っている方は家での課題にしっかり取り組んで欲しい。

やれば答えがかならず出ることなのだから。

プラス暗示を早く入れ込むためにも。




ただしここからが本題だ。

無理にプラス暗示を入れると、無意識で人は葛藤を起こす。

悩み克服のために、必ず誰であろうと自分でプラス暗示を入れてきたと思う。

「大丈夫だ、大丈夫だ、震えない、震えない、落ち着いている、落ち着いている」といったことは、手の震えや緊張状態をひどい人ほど、自分に言い聞かせていたことだろう。

それしかとりあえずやりようがないし、やるしかしょうがない。



実を言えばそれはプラス暗示でも何でもない。

暗示ですらないし、怖いことにプラスでもなく、むしろマイナス暗示になっているところもある。

そこについてはまた書いていきたい。

プラス暗示を真の意味で脳に定着させるためには、マイナスがある自分とそこに執着しすぎて、こだわって症状に引っ張り回される状態を減らしていかなくてはいかない。

それはトランス状態の時に可能になった。

では、なぜマイナスが減るか? 執着が減るか?

それは過去の自分を認めることができるようになったからにほかならない。

一番大事な受け入れ態勢になれる。

不思議なほど、落ち着いて悩んでいる自分を認められた。

とても不思議な感覚だったが、すごく気持ちが楽になっていった。




岩波先生のよく言っていた「過去の流れは消せない。だけど解釈は変えることができる。」ということはまさにそれだろう。

それが大事だと私も経験から言える。

先生に言わせると、いまの悩みに至った経緯と起きたことはしょうがない

そこにいつまでも無意識の底から粘着しているから心が病んで行く。

そして、その人の執着しているところに症状として現れる。

そこにずっと意識がどどまり、尋常じゃない広がりを見せる。

私の場合は特に手の震えと書痙だ。

言葉に執着してしまう人は、人前でプレゼンテーションができなくなる。

手や腕ではなく、足の震えに意識が執着してしまう人がいる。

首の震えで悩んでいる人も多い。

同じ手の震えでも、文字を書く時にはそれなりに書けてしまう人もいるが、それは文字への執着がないからで、書痙に発展しない人もいる。




人それぞれ執着の場所が違うが、その執着を外すことを潜在意識からやらないと、いくら暗示を入れようとしても弾かれてしまうのだ。

ひどいと、その助かるための暗示もマイナスとしてのしかかる。

それを一人でもがいている時ほど、その悪い流れをつくってしまう。

つまり、心がすんなりと言葉の訴えかけが聞ける精神状態にならないと難しいのだ。

そのために執着を外さなければならない。

外せないと、プラス暗示だと思っていたことが、症状を悪化させる一方にしてしまう。

いつか悩みが解決していることはありえないことになってしまう。




だから結局は岩波先生に言われた課題をそれ以上にやって欲しい。

そしてトランス状態が深まれば、そうなれば様々な魔法が効く。

時間がないからと言ってやらないのは勿体無い。

私も職業柄激務な方だったが、以前のブログに書いたように今では少しの呼吸法やストレッチ方で疲れもストレスも吹っ飛ばせる。

最初はうまくいかないが、そんなものは当たり前だ。

だがやり続けると体のコントロールも聞くようになる。



つまり緊張を脳で柔らかなイメージを思い浮かべるだけで、硬直と震えを抑えることができる。

そんな自分になれるともうどんな状況も来い!と思える。

昔は逃げていた自分の極限状況(難度が高く周囲の目がある中での手術)ですら楽しみとさえ思える。

そうなると人生そのものが楽しくなる。

緩みとパワーと両方に満ち溢れた生き方に変われる。

だからぜひ、本当にぜひ頑張ってほしい。



悩み克服は頑張れば逆に度ツボにハマる。

脳の浅いところで根性で突破しようとあがいても、脳の源には届かない。

だが先生の様々なトランス誘導技術のもと課題をやればやるほど、世界のどこにも存在しない体験と心の浄化ができる。

何度も言ってきたが、この悩みのせいで、医師や看護師を退職せざるを得ない人は多いことだろう。

追い詰められている人の数も。

人前で文字を書かなければいけない職業、人に釣り銭を渡さなくてはいけない職業、コップやお皿をお客さんの前に置かなくてはいけない職業、他にもたくさん支障をきたしてしまう職業があると思う。



たった一つの症状で、それまでの自分を否定してしまうような状態にだけはならないようにしてください。

ギリギリに追い詰められた私だからこそ、本当に本当に思います。

たった一つの悩みですべてを台無しにしてしまい、たかが一つのことのために、ずっとすべてを犠牲にする状況にならないようにしてほしいと思います。

心からそう思います。

無意識や潜在意識の問題は、もう私たち個人の力では解決が難しく、余計にこじらせてしまいます

それはプラス暗示は、マイナス暗示として無意識に届くメカニズムがあるからです。

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無意識にメスを切り込める岩波流トランス(脳覚醒状態) 心のがん細胞を切り取れる技術

トランス状態(脳覚醒状態)について今回は書きたい。

トランス状態とはいろいろな定義もあるかと思うが、理性や知恵のさらに奥のもっと深い本能の部分、つまり情動を司る部位が非常に活性化していて、無意識の扉が開く状態と言い換えたい。

その時の体感は数多くの人が体験記で書いているが、訓練・条件付けが進めば進むほど、日常生活では決して味わえない次元の感動の世界に入り、その時の劇的な効果は驚くべきことだ

筆舌に尽くしがたい感激と生命的な喜びと共に、トラウマ消化ができるため、非常に心が洗われるようになる。

私の神経症の各症状の克服も、岩波先生の技術があってはじめてもたらされた。

この時の心の洗われ具合のすっきりさは、体感した人にしかわからないだろう。





人は生きていくと、たくさんの苦労とストレスと抑圧を溜めこんでいくが、そのはけ口を持たない人や、それが下手な性格の人間は、もろに悩みを何倍にもしてかぶってしまう。

そして精神的にも、肉体的にもおかしくなる。

結局、病気の一番の要因は、ストレスや緊張による体の硬直や内臓への負荷だ。

それほどまでに、心の毒は肉体までも蝕んでいく

かつて私は肉体的にも精神的にも緩みを持たぬものは早死しやすいと書いたけれど、ストレスに強い人間にならないと、いくら健康オタクをやっても結局、健康オタクの生活すらストレスを感じてしまう悪循環に入り込んでしまう。

だから、心の浄化が必要だ。





私が岩波先生にお世話になった時、心の浄化でどれだけ日々日常のストレス負荷が軽減したかわからない。

ギリギリだった私の精神的な余裕の無さ(ストレスで覆われていた心)を、トランス状態で高度で別次元のくつろぎを味わうことで、もたせることができた。

だから、トランス状態(脳覚醒状態)で得られた超越的な感覚体験は、日々を生き抜く糧にもなる。



もちろん根本的な無意識の抑圧処理や建設的暗示を入れ込むこともできる。

どちらにしても、トランス状態を深めることが、細かい悩みの対処法よりも一番の早道であった。

人は日常の精神状態では決して変われない

つまり、今の精神状態のままであったら、将来も同じかそれ以下の精神状態にパワー落ちして、もっと悩みが解決しなくなってしまう。

時を経るほど、神経症が治らなくなっていく。

将来悩みが軽くなっていたらいいなと誰しも思ってしまうが、心に決定的影響を与えないかぎり、人は変われない。

ずっと同じ悩みと苦しみのままだ。





だから、何かエポックメイキングな出来事に直面しないと変わりようがない。

劇的なものじゃないと、心も脳も、深いところで作動してくれないからだ。

岩波先生のホームページに、『無意識にメスを入れ込む』という表現があったが、それはまさに適語だと思う。

物理的メスではない、精神的な無意識に直に届かせられるメスだ。

ただしこのメスを自由自在に扱えるのは、日本には一人しかいないと思う。

無意識にメスなんて普通はいれられない。

無意識の扉が開かないと扱えないからだ。





だからこそ、意識の変容したトランス状態がここでも必要になる。

理屈を超えた究極に感覚だけの世界だ

時にはドロドロした抑圧・トラウマ・心の傷が出てくる。

だが、それを取り除いていかないと、つねに顕在意識で悪さをするのだ。

言い知れぬ不安感や倦怠感や絶望感や焦燥感、それらはすべて無意識の抑圧が悪さして起こるものだ。

それを一度顕在化し、引っ張り出して、メスで切れ込み、病巣を取り除く

これにより、私は日々の言い知れぬ不安感や孤独感が薄らいでいって、建設的な思考を取り込める余裕のある脳になることができたと思う。

人間の無意識の深淵をのぞける状態、それがトランス状態(脳覚醒状態)とも言えるだろう。



無意識の深淵の病因をほったらかしにしていると、それが心のがん細胞となって、常に私たちを攻撃し、破滅の縁へと追いやる。

ガンと違って、それで死ぬことはないが、死ぬこと以上の苦しみを与える。

そして、心の部分が決定的にがん細胞と違うところは、手術して取り除けないところにある。

無意識をじわじわと侵食し、治す手段も見いだせないまま、私たちは生き地獄を味合わなければならない。

そして、私の知る限り、無意識のがん細胞を切り取れる腕を持つ唯一の存在が、岩波先生だろう。

先生もそろそろいいお年だから、その奇跡的な技術を駆使してくれる時間はあまり残っていないと思う。
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緊張感の中のリラックスに成功する 名医の手術と手の震え

手術時、難しい手術であればあるほど誰でも緊張する。

しかし、緊張に潰されてしまう医師と、さらに燃えて手術に向かう医師がいる。

もう一度言うが、どちらもともに緊張している。

だが、名医のメスさばきは、驚く程軽やかだ。



しかし、昔の私や手術時に過度に緊張してしまう医師は、肩から腕、手先にかけて異常に力が入ってしまう。

力を発揮できるのは、軽やかな方だ。

そもそも大事な手術であればあるほど、心は緊張しているはずだ。

大事な失敗の許されない手術なのだから。

なぜその緊張が腕や体に転移しないのか?

それは考え方、捉え方の違いだ。

失敗しないようにしたい、ミスしたらまずいぞ、俺の緊張状態を人に知られたくない、という守りの気持ちが、体に過度の力みを作る




一方名医は、もっと建設的な前向きな気持ちで望んでいる。

そう、主体的なのだ。

手術時の緊張状態に飲みこまれないからこそ、肩の力が抜けている。

名医は経験から、体の緩みが手術に一番重要だとどこかで知っているのだ。

細かい作業になればなるほど、その緩みが繊細な作業を可能にし、惚れ惚れするようなメスさばきができる。




医師ならば、体の硬い人間から早死するということは知っているだろう。

だが、自分のこととなるとどうにもうまくいかない。

それが、自己コントロールの難しいところだ。

緊張する場面で、体がどんどん硬直して震えていく者(昔の私)、体の力を抜いてオペに取りかかれる者、その両者にはとんでもなく大きな差が出てしまう。

前者になってしまった以上、かつての私は震えないことばっかりに頭がとらわれ、結果としてもっと震えるハメに陥っていた

その恐れと不安が、今度は文字を書く作業での震え、つまり書痙にまで転移していった。

そしてどんどん人前で書く事ができなくなった。




そして気づいた、気づかせてもらったことは、そうなった以上、震えるのが当たり前。

私は手が震えないほうがおかしい人生の流れだったということだ。

あることを打ち消すことができない。

特に無意識のレベルにおいては。

ましてや、あれだけ執着している手の震えのことならば、なしにすることなど不可能だ。

執着すればするほど、執着が増すのが人の潜在意識の働きだ

むかつく心の動きだが、しょうがない。

これは決して諦めではない。

なって当たり前、という思考は、悩みの受け入れることにつながる





そこで、私は心の底からそれができたとき(暗示や潜在意識の処理)、大きな安堵を得た。

ものすごく気持ちが楽になった。

お前は生きてていいんだよというホッとした気持ちを持てた。

これは頭の上で受け入れよう、認めようとしても難しい。

表面的に受け入れただけで、それができたのならば、こんなにも手の震えに執着して悪化させ続ける人が多くいるはずがない。

だが、心の働きで言えば、そこに至らないことには、手の震えの悪循環をはずすことはできないのではないか。




私が経験した安堵感は、その後の私の体の緊張感を和らげてくれた。

そして、手術に望むとき(それは簡単な手術だったが)前は震えないようにするあまり、疲労困憊で肩から腕まで凝りまくっていたところ、変に自然体にできるようになった。

「あれ、おかしいぞ、なんかちがう」この感覚に最初私は戸惑いを覚えた。

変に力が抜けているのだ。

薬を飲んだか? いや眠くないし、だるくない。

なぜ力んでいないのか?

すごく変な気持ちがした。

逆に気持ち悪いくらいだった。

違和感で落ち着かなかったが、そこはかとなく嬉しかった。

もしかして、もしや・・・

しかしまだ喜ぶのはまだ早い、今までのようにまた震える衝動が来るかもしれない。

だがまだ来ない、ひょっとして震えないのか、俺は?

こんな心境だった。

手術もうまくいった。

もちろん以前に比べて力が抜けているのであって、名医のそれとは程遠いものだったが。

それでも、意外なほど疲労感もなく、緊張を隠す努力もなく、気持ち良く手術ができた




その時私は一つ経験することができたし、大きく成長できた。

「ああ、この感覚だ、この感覚を昔は当たり前のようにやっていたのだ」と。

私の脳は、緊張状態と焦りと必死の努力を繰り返したあげく、オーバーヒート状態しか味わっていなかった

しかし、この経験が、次の手術の自信へとつながってくれた。

それでもまだ私自身私に信用が持てなかった(あたりまえだ。それまでがそれまでなのだから)。

次の手術も、不安がたくさんある中で、あの緩みの感覚を少しずつ取り戻すことができていたため、なんとかうまく終えることができた。

こうやって自信が積み重なっていった。





今現在名医の体の力の抜け具合まではいかなくても、常に呼吸法とイメージの力を使って、手術時の体の緩みを再現させて、手術に望んでいます。

昔の私の緊張具合が今も続いていたのならば、私は疲労と不安と恐怖で、手術をしなくなっていただろうし、医師をやめていた可能性はとても高かった。

積み上げてきたキャリアがゼロになって、私はどう生きていたんだろう?

プライドの高さから、現実を直視することに耐え切れず、積み重ねてきた命をゼロにしていたのかもしれない。

そうなる前に、手術に失敗して、取り返しの付かない事態に陥っていたかもしれない。

そう考えると、今の私はなんと幸せものなんだろうと思います。



なぜ私が震えて当たり前だった、という心境に至ったのかは次回のブログに書きたいと思います。

潜在意識からの根本的な処理と執着を減らす作業によって、です。
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プライドの維持ってそれほど重要か? 私の失敗

プライド・・・・・・

プライドの高さが私の心を苦しめた最大の元凶だったと思います。

プライドの高さゆえに、自分を追い詰め、解決を困難にし、悩みを悪化させていった。



医師はご多分に漏れず、みなプライドが高い。

中にはプライドをとったら、中身スカスカな人もいます。

これは医師とじっくり接触する機会がある人なら頷かれると思います(笑)

私もそう言われないようにしなければ。




ちなみに変わり者が多いのも医師です。

良くも悪くも変わった人間が多く、中には社会性が全く身についていない人もいます。

それでも腕は超一級品のものをもっていたり、社会性もなければ腕もなくただプライドの塊のどうしようもない医師もいます。

まあ医師も人間なわけで、特に個性豊かな面々が揃っています。




私について言えば、かなりプライドが高い人間でした。

だからこそ、進学校や医学部に行き、国家試験までとる原動力になったと思っていました。

負けず嫌いで、意固地で、変に真面目で、融通が効かないところがありましたが、一時的にはそれらの性格は、いい結果を出すパワーになってくれていました。

しかし、手の震え、書痙に関しては、すべてが裏目になってしまった。

そして、悩んでいた時期、一番悩み解決のために捨てなければいけないと思っていたプライドだけは捨てられなかった

プライドを捨てたらますます私は私でなくなるという恐怖を持っていました。

手の震えや書痙へのコンプレックスが、もっとプライドを高めて自分を守っていたのです。



私はそういう人間ではない、もっとできる人間だ、たまたまこの悩み(あがり、震え、緊張)があるばっかりに力を発揮できないだけだ、とプライドだけで生きながらえていました。

それがさらに失敗は許されないことにつながり、手が震えたらおしまいだという強迫観念につながっていった。



人からどう思われるのか?

うまく行かなかったら何を言われるかわかったものではない、だからこそプライドを高くして、どうにか切り抜けようと思っていたのです。

しかし、冷静になって考えてみると、私が医師を目指したのは、もっと純粋な気持ちからではなかったか?

自分の腕一本で、人の命を救えるその素晴らしさ、醍醐味から、なりたいと思っていたのではなかったか?

いつのまにかプライドの維持のためだけに、動くようになっていたのでは? と思い始めました。

最初の純粋な子供時代の動機が、成長するに従い自我が目覚めると共に、人からよく映る自分を維持するための目的にいつの間にかすり替わっていたのです。



岩波先生はよく言います。

人生は一回しかないと。

プライドはそもそもいらないし、もし使うならば、命をかけた一回だけに使うと。

プライドの使い方はそれしかない、と。

そうじゃないと、下らない低い次元で、小さなプライドを守るためだけにエネルギーを消耗していって、もっと高い次元での戦いをする前に力尽きてしまう、と。

この言葉に私は衝撃を受けました。

常に私は、プライドを下らない瑣末なことにすら垂れ流していたのです。

プライドは一生に一回しか使わないからこそプライドなんだと気付かされました。




そして手の震えの原因がプライドによるもので、じつは私の守っているものなんて、ちっぽけなものにすぎない。

私には失うものなんてなにもないのではないか!



ただしこれは考えに考えて、そこに行き着いたわけではない。

誘導された深い覚醒トランス状態の時に思い浮かべてその思いに至った。

ふと気づいたわけです。

私はハッとしました

アッと思わず声に出そうになりました。

気づこうと思って気づけたわけではありません。

ふと悟ったのです。



悟りってこんなものなんだなと感動したと同時に、胸のつかえがとれました。

私のそれまでの人生でずっと守ってきて、しかもそれで苦労し続けてきた心が、一気にほぐれました。

あれだけ私は考えに考え、書物を読みまくり、瞑想もし、たくさんの心理療法に行ってきましたが、たった一瞬の出来事でそれらの努力を超えてしまったのです。

人間の脳ってすごいなと心底思えました。

岩波先生の技術も半端ないと思いました。

感動でした。

感動にずっと打ち震えていました。



これに似た感覚に陥った人は、岩波先生のところで効果が出た人には多いと思いますが、この気づきや小さな悟りが、どれだけ私のこんがらがってしまった心を一瞬のうちにほぐしてくれたか、似た体験をした人ならわかってくれると思います。

私の手の震え・書痙克服の過程には色々なきっかけがありましたが、その気づき以来、私は急激に気持ちが楽になりました

脳のかなり深いところでの理解ができた証拠でしょう。


普段私達が抱えているプライドは、実はプライドでも何でもなく、ゴミクズにしか過ぎない。

自分を維持するためのプライドはプライドじゃない

プライドの奴隷です、それでは。

プライドがない人のほうがのびのび生きているのは事実です。

なくたって生きていける。

それも悩まずに。



プライドは身を滅ぼします。

しかし、それがわかっている人は多くても、実際にプライドを捨てられる人は少ない。

悩みが解決できない代償として、私たちは低い次元のプライドを強くして、生きづらさを増してしまう。

神経症の解決を一番させなくしているのは、ほかならぬそんなプライドを持った自分なのだ。

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泥まみれに生きること キレイに生きすぎてはいないだろうか? だから悩む

悩みやすい人は、純粋で真っ直ぐで綺麗に生きている人が多い。

もしくはそう生きたい、そう生きるように親から刷り込まれた人が多い。

これは私も同じで、手の震え・書痙・緊張症の真っ只中では、ある意味でキレイにまっすぐ生きようとしていました。



医師になることは、私自身の希望であると同時に親の強い願いでもありました。

こうあらねばならぬ、という純粋な強い思い込みが、私に失敗をひどく恐れさせる心を植えつけたのだ。

この「こうあらねばならぬ」ことから外れた行為・結果は、私にとって許せないもので、同時に親にとってはもっと許せないことだった。

私の完全主義とあまりに純粋にキレイに生きたいという下心が、失敗したらどうしようという恐怖感を肥大増幅させた




緊張することは誰でもあることだろうし、たまに手が震えることもあるだろう。

その中で人々はそれらに執着せず、前を向いて悩みを悩みとせずに生きているのだが、私はそこばかりに執着して、動きを止めてしまった。

そして、常に手の震えのチェック、震えたらどうしようという予期不安、人から立派にちゃんとやっているという評価を非常に気にする悪いサイクルに、心が、無意識が陥ってしまった。

この悪循環をずっと繰り返すことは、さんざんこのブログ体験記で言ってきました。

過去を振り返り、あまりに私はキレイに純粋にまっすぐに間違いがないように生きてきたと痛感する。

なんであれほど融通が効かない生き方をしてしまったのか、苦笑してしまうほどだ。

固定観念の塊の過去の自分を振り返り、あれじゃ悩まないほうがおかしいと思えるし、今では笑えてしまう。



これが神経症解決を困難にしている認知の歪みというものだが、これを心の底から認識しないと、悩みを根本から解決できないと思う。

ただ手の震えをおさえよう、何とかうまく綺麗に切り抜けようとばかりとらわれて、その対策をとってしまうと、悩みの執着がひどくなり、震えがどんどん悪化していくだけになる。

はたしてキレイに生き過ぎていないか、融通の聞かない遊びの少ない状態になっていないか、そこをきちんと認識したほうがいいと思います。

少しぐらい泥水をかぶって生きられる人間になったほうがいいと思います。



キレイに生きようとする人間ほど綺麗に生きられない、みっともない(と自分が思ってしまう)生き方になってしまう
(岩波先生の受け売りです)

しかし比喩的・逆説的だが、泥にまみれて生きたほうが、かならずキレイに自分の思い通りに生きられる

これは私の苦心を経て掴んだ人生の真実です。




けっして悪くなれと言っているのではなく、もっと人間的な生き方があるのではないかということです。

清水のなかでは魚は生きられません

泥やコケや枯れ葉があるからこそ、豊かな生命がある。

人間も同じです。

この考え方は私には昔なかった。

悩みの克服は考え方を変えることから始まるものです。




私がはっきり私の生き方のまずさを気づいたのは、岩波さんの心理・脳内プログラムを受けてからです。

しかし、いくら岩波さんが頭のキレる人間味に富んだ人であっても、岩波さんの含蓄深い言葉だけを聞いても、私は頭ではわかっても、心の底から受け止められたかというと、難しかったでしょう。

話をして理解できて、心の底から自分を変えようと出来る人は、そもそも悩みが弱い人でしょう。

心の底から気づくには、今私たちを取り巻いている自分自身の理性と固定観念を大きく外したところから始まります。

そこでトランス・ルーツ整理と呼ばれる、トランス状態(脳覚醒状態)での気付きや発見をやっていく作業が絶大な効果を発揮しました。

心の底から私の生き方が歪んでいたことが気づけ、新しい真理を発見できたことは、心がすっきりと洗われる経験でした。

あれほどの深い気づきは、後にも先にもありません





その時に私は悟ったことがありました。

今までキレイに生き過ぎていたこと

なぜ私がキレイにまっすぐに生きようとして自滅したのか

なぜ悪いことは何もしていないし、逆に人の命を救うことをしてきたのに、自分だけが罰のような苦しみを受けなければいけないのか

なぜ苦しみを倍加させてしまったのか、もがいてもがいても抜け出せない罠にハマったのか

これからどう生きていくべきか

これらがプログラム中に悟ることができました。





悩みはそれらの気づきから克服が大きく進展します

大きな悩みの氷塊がそれで崩れていくのです。

いくら頭のなかで考えて対策を立ててあがいても、より悩みを執着してしまうのです。

手の震えばっかりに執着し、そのためだけに生きるおぞましい状態になってしまうのです。

生き方や人生の捉え方を、今一度袋小路にハマっている人は、再設定してください。

そうすれば、必ず突破口が見えてきます。



気づき、気づき、気づき、そして大きな悟りとなって、心が解放されます


私はその過程を経て手の震えと書痙と過緊張症を克服できました。

そして、気づかなければ、一生そのまま、何も悪いことをしていないのに、悪いことばかり味わってしまう損な人生になってしまいます。

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書痙が治る人、手の震えに苦しむ人 書痙や手の震えを克服する方法

書痙はとても大変です。

私も書痙にとても悩まされてきました。

医師という職業上、人前で字を書く機会が多かったからです。



書痙とは、人前で字を書こうとすると、極度に緊張が勝手に起こってしまい、腕や肩が固まり、字が書けなくなったり、ひどく下手な字になったり、震えそのものがひどくなったりします。

生きている限り、そして社会に出ている限り、人前で文字を書く機会は多いので、その日が近づくだけで、ドキドキそわそわ、そればかりに心がとらわれる、という人はとても多いと思います。

葬式や結婚式、ホテルの宿帳、不動産を買う時の書類記入、あげればきりがない。



書痙も多くが過緊張による心因性であるため、心の根本からの解決を目指さないといけないと思います。

そもそも書痙は、人前じゃなくて、一人で文字を書くときには発生しない症状です。

そして、意志の力ではコントロールできず、スイッチが入ったように、人前で震えてしまうため、理性の解決は不可能だと思っていいと思います。

書痙が嫌だからといって、ずっと人前で文字を書くことを避けていたら、いざ次書くときはますます萎縮して、書痙は確実に悪化します。




ここで日々の訓練が必要になります。

根本的解決は絶対必要だとして、日々しのがなくてはいけません。

書痙というコンプレックスがあっても、いや書痙というコンプレックスがあるからこそ、あえて、”人にズケズケと書かせる(代筆させる)”ことをしてみてください。



これは岩波先生から教わって、なるほどと思って実践を書痙がおさまるまでやっていました。

それを数多くこなしていくと、自分で書くわけではないため、書痙が起きたらどうする? 震えたらヤバイ、という予期不安から自由になった

予期不安がなくなっていき、その場でも萎縮しないから、私が「よし自分で書いてみるか」という主体的な気持ちになって、記帳した時、驚くくらいすんなり文字を書くことができた。

ほんとうに嬉しかった出来事です。

その日は嬉しすぎて興奮して寝付けないぐらい、自分の人生に希望を感じました。



予期不安と緊張で逆に不眠症になっていた私にとっては、嬉しい[不眠症]でした。

ずっと底なし沼でもがき続けていた私が、はじめて書痙を克服していく実感を得たのです

私の心にパーッと希望の光が差し込むような、あたたかさ明るさを感じました。




話題を戻すと、書痙になるのははじめから勝負ありです。

反射神経で自動的に震えるから勝負に負けます。

火に油を注いだら、炎が大きくなるように反射的になるから、止めようがありません。

どうしても震えないようにと我々は望んでしまうけれど、自分の文字を書くことをすべて、理由をつけてズケズケと人に書かせるだけで、かなり私は心に余裕ができました。

その心の余裕は脳の余裕につながります。

この余裕は非常に大事でした。



具体的に人にズケズケを書かせるとはなんなのか、結婚式の記帳の時を例に挙げましょう。

式場に入る時、記帳を求められますが、「いま腱鞘炎だから文字が書けないので、代わりに書いてくれませんか?」とズケズケと言うということです。

腱鞘炎じゃなくても、突き指をしているとか、なんでも理由はいいと思います。

書痙というコンプレックスは置いておいて、したたかに嘘をついてください。

書痙だからそういう対策をとってしまう自分を恥じることはしないでください。

萎縮して頼むと意味がありません

ますます劣等感を感じるだけ

相手も「変だな」と思ってしまいます。



そうではなく、本当にそう(腱鞘炎など)なのだから書いてほしい、という感じで、ズケズケとものを頼むのです。

その時に書いて欲しい文章は、免許証の住所でも、メモ書きでも示せばいいでしょう。




最初は違和感がありますが、それが続くと、頼むことも平気になってきます。

この図太さがとても大事で、萎縮してしまう自分から脱出するために、必要なことでした。

8割ぐらい、受付の人が書いてくれたら、最後の二割自分で書くなどしていけば、思う存分書痙克服の練習ができます。

その時は感謝の気持を明るく言うことです。

こちらに後ろめたさがある感謝はやめたほうがいいです。

これがズケズケと人にものを書いてもらう練習です。




悩みは全てそうですが、考え方がすべてだといっていい。

考え方の位置をずらせと岩波先生はよく言ってましたが、結婚式の記帳にしても、考え方を変えれば、すべてを好転させることができるのです。

私が岩波先生の「俺が書痙なら、こうする」という話を聞いて、随分と為になったと同時に、俺もそれをやってやろうと実行を心がけました。

決して脳の魔術師とか、潜在意識訴求技術だけの天才ではないのです。



そういう人が考えないことをズバッと指摘してくれる人間力が岩波先生の本当の魅力だと思う。

うしろめたさや萎縮した気持で、手術でも記帳でも取り組んでも、いくら頑張ったところで余計悪化するだけです。

これは私を含め、手の震えの罠に陥った者全てに当てはまることでしょう。

そういうとき発想の転換をすれば、人生は好転していくものだと、私ははっきりそのことで学ぶことができた。

ぜひ参考にして、皆さん自身の悩みと戦って、打ち勝っていってください。

日々耐える人生よりも、打ち勝っていくための最大限の努力は必要です。



書痙は克服できなければ、一生ついてまわる悩みだ

人前で文字を書く行為は、これからも死ぬまで続いていく

いざ大変な覚悟を持って文字を書こうとしても、異常に震えてしまったり、変な字になったり、文字を書くこと自体ができなくなる、そして、その都度、人から同情されたり、変な眼で見られたりする、これがずっと繰り返されていきます。

屈辱だし、予期不安がひどいし、尊厳を失うことでもあるし、書痙は人生を滅茶苦茶に破壊してしまう。

何としても、みなさん、克服していきましょう!
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手の震えと書痙の克服に必要なこと 外科医の書痙体験記

手の震えや書痙で悩まれている人でも、その時のコンディションで全然手足の震えの度合いが違っていると思います。

追い詰められた状況で、その緊張、焦りがマックスになった時、それはもうひどい書痙や手の震えが発症します。

自分でもびっくりするほどで、それがトラウマになって、次からは予期不安も強まる。

文字を書くことシチュエーション以外でも、それへの不安ばかりに毎日襲われてしまい、四六時中悩む羽目になる。

そして、また手の震え・書痙が起きた時の自信喪失感は、なった人なら顔面蒼白となる経験だと思います。

私も二度とあんな思いは嫌ですし、同じ苦しみを今も続いている方のことを思うと、やるせない思いです。




要は心と脳が緊張するから、震えに執着を強く持っている人が、手や腕の挙動にますます執着して、「必ず震える」という無意識のマイナス暗示がかかって、症状がひどくなる心理的メカニズムがそこにあるでしょう。

しかし、もっと悩みのキャリアが積み重なると、反射神経で震えるようになってしまう。

まるでパブロフの犬状態で、自分に悪い暗示をかけ続けているようなものだ。

しかも簡単に無意識・潜在意識にマイナス暗示が焼き付いてしまう。




心理面での説明はここまでにして、今度は物理的、肉体的側面の話をしたい。

緊張するということは、手の震えに悩む人は、手や腕に力みが入って、がちがちに緊張してしまうということになる。

つまり、肉体が固まるから、ちょっとした震えも受け流せなくなって、震えが増幅するというメカニズムです。

手や腕、さらには肩、首、そして肩甲骨周りの筋肉まで硬くなるため、震えが肥大化してしまうわけです。

書痙や震えがない人は、そこに意識もいかないし、常に柔らかいため震えようがないということ。





以前のブログでも書いたことですが、人間は常に動いているわけです。

心臓がいい例です。

だからほんのかすかに動いている。極論すれば眼に見えない震えがいつも人間には起きていると言えます。

更に手足のような末端ほど震えが増幅するわけです。

長い棒でも、根本よりも先端のほうが震えるのと同じように。

テレビのグルメ紹介番組で、ラーメンの麺を箸で掴んで持ち上げる美味しそうな場面があります。

よく見ると絶対震えています。

死後硬直にならない限り、完全な静止状態などありえない

その人は手の震えの悩みを持っているわけじゃないのに(そうだったらそんな仕事はしないか、廃業しているでしょう)




ただし、特に腕、手、肩が柔らかい人は、もうそれ以上震えないわけです。

体が勝手に柔軟に震えを受け流して、いわば分散しているからです。

しかし、手の震えに執着する人は、震えまい! 気づかれまい! と、より震える部位を緊張させて、鋼鉄にして止めようとします

私もそうですが、それでうまくいく事がありますが、いつか限界が来ます。

それしか短期的震え対処法はないにしても。

そして異常に疲労感を感じ、手術後の疲労困憊といったら、他の執刀する医師に比べ、何百倍にもあったでしょう。

そこでまた悩み、それさえなければと悩み続け、負の執着を強化してしまうわけです。



だから、心の緊張をとることが第一ですが、腕や肩、背中、首に柔軟性を持たせることも大事です。

長生きする人はストレスで体を固めて生きた人よりも、柔軟に柔らかく生きられた人です。

どうやって柔らかくするかは、次回以降に書いて行きたいと思います。




トランスストレッチ法とトランス呼吸法という、外面、内面両方向からのアプローチが必要です。

さらに言えば、脳に体の緩み、あるいは脳そのもののリラックス感を再生させることも必要になってきます。

そうなると、体の硬さをコントロールできるようになり、手の震えの衝撃をうまく体が受け流してくれて、以前よりも震えなくなる人間になっていきます。

さらに手の震えに対する執着が減り、マイナスの自己暗示もかからなくなり、悩み解決へと向かうわけです。



体(手、肩、首、肩甲骨周りの筋肉は重要)を柔らかくせずして、手足の震え、書痙は克服できないと言っても過言ではないでしょう。

とくに反射神経で震えるようになってしまった人にとっては。

まずはご自分の症状が出た時の硬直性、普段からの硬さを調べてみるといいです。

物理的、肉体的にそういう回路があって、手足の震えにつながっていることを認識しましょう。



心も身体も硬直化したまま、手の震え・書痙が治った人はいない。

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脳の神秘性とすごさ 外科医ではわからない未知の領域

脳は手術できる。

つまり脳は眼に見える。

触れようと思えば触れられる(素人はやってはいけない!)

しかし、脳の作り出す神経伝達物質による様々な感覚体験は、誰も見えないし触れられない。

ただ我々の五感、あるいは第六感と言われる[感覚]によって、感じることができる




このブログには手の震えや緊張で悩む人以外に、岩波先生のプログラムを受けている人も読んでいることと思います。

ある程度以上の深いトランス状態を味わった人は、脳の偉大さや神秘性、底知れぬ恐ろしさや可能性に至るまで、まさに身を持って脳の真実を体験していることだと思います。
 
世界で最先端の体験です。

岩波さんは、人間がどういう状態の時に、脳がどういう作動をして、何が開き、何が閉じるのか、経験として、感覚として、世界の誰よりも知っている人だ。

脳は物質を超えた未知の存在であると共に、神秘性や可能性を秘めた存在であることをまざまざと教えてくれる。

この未知にかけては、医学を勉強してきた私でも舌を巻くことだらけだと思う。

脳神経外科学、大脳生理学、 神経科学、脳科学などの専門家でも、その道の大家であっても、もし先生の脳内訴求技術を受けたならば、その認識を一変させ、新しい発見への道に至るであろう。




脱線してしまったが、いわゆる無意識や潜在意識といったものも、すべて脳が司っている。

心理学はハートではなくブレイン(brain)なのだ。

思考や感情、生命活動すべてにおいて、脳はコントロールしたり、創造し、生み出したりしてくれる。

大脳だの、小脳だの、脳幹だのと分けられるが、そういう不可視なものにこそ、脳の本当のすごさがある




どんな名医にもその道の権威にも、どうすることもできない世界だ。

いくらメスさばきが巧みで神がかり的であっても、脳内に起こっている世界までさばけはしない

同時にやっかいなことであるが、脳はまったくもって理解不可能である。

いまの脳に関する研究も、その体感の前には、すべて古臭くかび臭く思える。

脳が活性化すると無限の可能性がある。

ということは、脳がトラブルを抱えた時、泥沼の苦悩もあるわけだ。

そこに有史以来、人間の苦悩と悲劇がある。

これからの時代は脳をコントロールした者が生き残っていくのかもしれない。

私が一人の人間として、医師として、味わった脳の神秘的体感について書いていきたいと思っている。



まずは脳内麻薬(神経伝達物質の一種)と言われるものからです。

これは非常に心地よく、恍惚感に満ち溢れている

実際の麻薬を私は吸ったことはないが、それを超しているぐらい強烈である(無論訓練の進み具合による)

聞いた話によると、麻薬を昔吸っていた人がトランス状態を体験したら、過去吸引した麻薬の気持ちよさをはるかに超えたという(内的に発するものだから副作用も依存性もない)。

そして脳は一度経験した感覚を、一生覚えている

だから、私自身、トランス呼吸法によって、いつでも引っ張り出せることが可能だ(これもコツがある)

私が外科医としての激務に耐えられるのも、脳が心地よい状態を覚えてくれて、それを想像で引っ張り出すことができる訓練をしたからだ。

人はどこかでリラックスや心地よさ、楽しさを感じて生きないと、どこかで心にガタが来ると思っている。

当然長生きもできない。

だからこそ、自分で脳内麻薬の心地よさを引っ張り出すことで、ストレスを軽減することができる。

しかも、明らかに不自然で強力な麻薬の力を借りずにできるのだから、健康にもいい。

私はしょっちゅう体験しているが、自力で出した脳内麻薬には副作用はなかった

中毒性もないため、いわゆる脳内麻薬ジャンキーになる心配もない。




良いことを書いたが、脳は人生において、一度体感した恐怖や不安、心的外傷(トラウマ)は忘れていない

記憶から抹殺したとしても、刻印された記憶が何かの拍子に沸き上がってくる

いいや常に悪さをしているのかもしれない。

この[脳は忘れない]ということは、それだけ悩みを克服することは大変だということの裏返しだ。

だから、いつでも脳をコントロールできる状態に導けることができると、悩みを解決したり、劇的に軽減することができるし、私は実際にできた。

私の知る限り、岩波さんぐらいしか効率良く劇的に、脳の原始レベルから効果を上げられる人はいないのかと思っている。

それに一度体験した体感は忘れないということは、己でもいつでもコントロール可能だということでもある。

だから、無限の可能性を岩波先生の脳と心理のプログラムを通っている人は手にしていると思う。

頑張って欲しい。

やればやるほど未来が開けてくる

つかめばつかむほど、悩み克服だけではなく、今後大きな成功へのアドバンテージになるのだから。




また書くことがある。

脳内麻薬が出るということは、理性がとても少ない状態ということだ。

つまり、プラス暗示も入るこれ以上ない理想的な状態だ。

プラス暗示は、仕事や私生活でもいつもどこでも必要なものだ。

「がんばるぞ」「やるぞ」「俺ならやれる」といった誰もがかける自己暗示にも簡単に反応する。

その気になりやすい状態だ。

つまらぬマイナス思考にとらわれにくい。




神医や名医の手術でやる気は残念ながら起こせない。

薬で無理矢理モチベーションを上げることはできる。

しかし、薬を飲んでも効果がない人も多いし、そのしわ寄せは厄介な副作用と中毒性と肉体(脳)への負担も伴ってしまう。

また明らかに外部から無理矢理投入される方法では、その人の本当のやる気には繋がらない

いずれ自分自身を見失ってしまうだろう。




自己肯定感なき人間のやる気は続かないし、薬で無理やりテンションを保っている者に、自分の価値観を信じきることは不可能だろう。

モチベーションを自分自身で上げられない人間に、何かを成し遂げられるとは思えない。

実際に悲惨な末路を、薬で無理矢理元気を作ってきた人間はたどっている。

芸能界をみれば山ほどいるのだ。

どれだけ不必要な薬物療法によって、廃人となっている人がいるのだろう。




そういう意味では、脳は外側から(物理的手法で)攻略できないものであり、私自身の内部から攻略しなくてはいけないものだと思う。

私は医師であっても、脳の内側に関しては、まだまだ半人前の未熟者だ。

しかし、私のライフワークとして、脳を内側から見つめていきたいと思っています。

私は誰よりも脳内の可能性を感じている存在なのだから。





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人の手が震える時。そして私の手の震え克服方法

なぜ震えたくもない手が震えるのか

肉体的に言えば、あまりの緊張と震えを止めようとする理不尽な力で、異常に腕に力が入っているわけです。

肩から上腕、前腕、手指に至るまで硬直しているから、ちょっとした反動で手の震えが目立つぐらい震えてしまう。

前にもブログで書きましたが、人間は本当の意味での静止状態はありません。

遺体にならない限りです。



手足を動かさないようにしても、心臓は動いています。

もう動かないなんて死ぬ以外ありえないこと。

だから、目に見えない震えはどんな人間だってあります。

テレビでおいしいラーメンを紹介したときに、お箸で麺を持ち上げたりします。

プロの手のモデルでさえも、かすかに震えているのが分かるでしょう。

手の震えに悩んでいない人でもそうなるわけです。

しかし誰も気にしないし、その人も「それぐらい震えるさ」と悩まないわけだ。




だけどかつての私や書痙、手の震えで悩む人は違います。

抑えこもうと力を入れようとすればするほど、どんどん震えてしょうがなくなる。

いろいろな心理状態があるけれど、肉体的に言えば力が入りすぎて、肩(あるいは肩甲骨周りから首周りまで)や上肢が固まりすぎているから、震えが増幅してしまう

一度癖になってしまうと、自分自身の力や思い込みだけでは、反射的に硬直化した上肢を緩めることは難しいです。




私が手の震えを押さえ込めた一つの要因に、体の力が抜けるようになったこと。

それを私の脳の思い込みでコントロールできるようになったことがあります。

それは岩波先生のプログラムで、脳内と無意識にダイレクトに訴えかけることをやり、どうしても硬直化してしまう脳の悪循環を止めることができたからです。

脳は反射回路で「固まる→震える」とインプットされています。

しかし、脳に「ゆるむ」という回路をいれこむことが出来ました

手が震える人や書痙の人、あるいは足までも震える人は、脳が緩む、くつろぐ、リラックスするということをすっかり忘れています

だから、ちょっと刺激を受けただけで、一気に震えが増幅する一方になります。




では、どうやって私は脳に「ゆるむ」をインプットできたのか?

トランス呼吸法で体の緩みを創り上げた上で、岩波先生にトランス状態(脳覚醒状態)に誘導してもらったからです。

その状態の時、私の脳内に、多くの脳内神経伝達物質が駆け巡っています

その状態のすごさは今更言うまでもなく、脳を変えるに足るエネルギーを持っています。

そのまま人間の秘めたエネルギー及び感情的抑圧のすごさを体感するでしょう。

すごさだけでなく、超がつくほどのリラックスするための脳内ホルモンが特に出ます。

エンドルフィンやセロトニンなどです。

リラックスとはゆるみです。

そのリラックス状態が、こちらも通常のリラックスを突き抜けた状態のため、人生で最も緩んだ経験をすることでしょう。

つまり徹底的に緩んだ状態に浸ることができました。




かつて何も悩んだり考えていなかったときの緩みを脳に思い出させ、かつ最上の緩んだ感覚を脳に一生消えないほど焼きつかせてくれました。

トランス状態のインパクトが強く、深ければ深いほど、脳は「ゆるみ」を認識してくれます。

その上、自分でも家での課題をやることで、常に脳が緩むように癖をつけるわけです。




あとはなぜ身体や上肢が硬直化するのか、それにも理由があります。

そこのルーツ整理をもしていき、震える理由を一つ一つ処理して行きました。

そういうことを感じて、思い浮かべるだけでも、気持ちが楽になるという脳の性質があります。

こうすることで「私は震えて当たり前なんだ」と認知することで、私は手の震えを外すことに成功しました。

まだ色々な毎回びっくりするしかないやり方がありましたが、大きな柱としてはこういうところでした。

なので、手の震えを抑えることつは、力が抜けていること、特に人身に指令する脳がゆるみをしっかりを覚えて、それをいつでも引っ張り出せることが重要でした。



手の震えや書痙は、極度のあがり症と同じく、一人だけの力では克服が困難です。

下手をすると悪化させてしまうだけだ。

そんな絶望的状況を乗り越えるには、やることはたくさんあります。

頑張ってください
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医師も対人スキルをアップさせよう! 医師も人間力が必要です

過度の緊張による手の震え、声の震え、足の震え、あがり症、人前でのプレゼンで悩む人は、別の面からもそれらを克服できる方法があります。

どうしても私自身、手の震えを抑えよう、書痙を治そうとばかり頭が支配されていました。

目の前の苦しんでいることから脱却しようということは当たり前過ぎる話です。

ただし、ここがメンタルの悩みの一番やっかいなところです。




目先の悩み解決ということだけに執着し、視野が狭くなると、悪化のもととなります。

その狭い世界だけに心が奪われてしまって、本当に克服するために必要な行動も冒険もしなくなってしまうからです。

でも、もう一度言うと、これは同じ悩みに陥った人なら、みんな経験してしまうことです。

だからこそ、何をやってもうまくいかないわけです。




緊張をしやすい人は、やはり対人間でも、悩みのシチュエーション以外で、緊張してしまっていると思います。

私も初対面の人間はとても苦手で、コミュニケーションが円滑にいかなかった(ある程度仲良くなると饒舌になるタイプ)。

人見知りなのが私の性格なんだと断じて、これをどうにかしようなんて思わなかったが、人見知りの度合いも人の何倍も強かったと思う。

人に緊張を感じやすい為、何かあるごとにあがったり、手の震えを感じてしまう自分が出来上がったのも、そういう流れがあったからでした。

そもそも人がいないところでは発症しない悩みなのだから。




つまり、手の震えなどを克服することは、震えを抑える努力をするのではなく、対人スキルがない人なら、そちらを身につける『プラス方向の克服法』も必要だということです。

手の震えを無くすために、抑圧を外したり、頭の中を整理して心に余裕を持たせたり、震えないための暗示を入れたりするのは『マイナス方向の克服法』といえると思う。

それもとても大事で絶対的に必要なことだけど、いつまでも『震える・震えない』『緊張した・しない』をやるよりも、プラスを積み上げていくことは大事だと思いました。




私は医師なので、職場(患者さん、看護師、病院スタッフ、患者さんの家族、その他この職業に関わる人たち、同僚など)でたくさん対人スキルを発揮する場面がありました。

でも、残念ながら、多くの人とは事務的に対応していたと思います。

コミュニケーション能力がないほうでした。

それは私自身人見知りが強いため、事務的に対応するしか体裁を繕えない、という裏返しでもあった。





よくあらゆる科のお医者さんはほとんど事務的な応対しかしない、という感想を聞きます。

医者は偉そうにふんぞり返っていればいいなんて古い考えの医師もいることはいますが、事務的に対応する人の多くは、対人スキルがないから、だと私は密かに思っています。

医は仁術なのが理想だけど、「仁」を発揮できないのは、コミュニケーション能力に劣っているから、したくてもできないのです。

「あの一言で、どれだけ患者さんやその家族の気持が楽になるだろうか」その一言が言えず、私は悶々としていました。

手の震えを治すためにも、対人スキルを身につける練習を発揮してから(岩波先生のアドバイスが大きいです。
こちらにアドバイスの多くが掲載されています)




練習相手は、職場にいくらでもいます。

うまくいかなくても、毎日対人スキルの向上を心がけていました。

人見知りで、初対面が特に苦手だった私でも、次第に楽になっていったり、相手からの反応が良くなっていったりして、嬉しかったものです。

今ではかなり昔の私が想像つかないほど、会話力がついています

こうなると緊張しやすい自分もだんだん無くなっていきました。

こういうプラス方向の経験値の積み重ねも、手の震えや書痙に有効ですので、日々奮闘してみてください。

勇気や度胸が必要になりますが。




最後に、医師もどんどんコミュニケーション能力を上げなくてはいけないと思う。

最後はコミュニケーション能力や対人スキルがある人が、上に行きます。
(みんなと仲良しになれ、という意味ではない)

手術の腕だけあっても、正当に評価されにくい時代です。

世の中をずいずいと渡っていける人間は、例外なく己に武器を持っている人です。

それは自信であったり、こう生きてやるという生き様であったり、覚悟の強さであったり、対人コミュニケーション能力であったりします。

その中で対人スキルは一番身近であり、練習材料も人の数だけあります。




人間の中で私たちは生きなければならないから、人間を得意にならなければ、幸せになりにくい。

人から避けていたら、次第に行き場を失っていくだけでしょう。

それならば、得意にならなければならないし、少なくとも苦手意識を持たないようにならないと、幸福感はつかめないのではないか。

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対人スキルについて 職場の人間関係、人の眼、世間体・・・・コミュニケーションスキル向上方法

緊張は己の力を発揮させてくれるありがたい要素だ。

だが、手が震える、足ががくがくする、頭が真っ白になる、人と話す時過度に緊張するなど、その人の生活の質までも破壊してしまう。

私もその一人でしたが、思えば「手の震え・書痙」で一番苦しんできたものの、もともとは緊張を生じやすい(それも必要以上に)人間だった。

手の震えや書痙で苦しむ人は、対人的にも緊張を感じやすい人がほとんどでしょう。

初対面の人とどう接していいかわからない
フランクになかなか話せない
地を出すことがはばかられる
会話が続かず沈黙が怖かったりする
人の中にいるとどっと疲れてしまう
知り合いになると逆に居心地が悪くなる
人によく思われたい気持ちが強く評価を気にしすぎる
自分を良く見せるために演技をする・・・・


そういう緊張を持った人間は、同時に人の眼、世間体も過度に気にしてしまいます。

通常、一人でいる時、手の震えも書痙も発生しません(意識すれば震えてしまいましたが)。

そうです、必ず人の眼が絡んできていたわけで、それも失敗してはまずい状況では、もうコントロール不能になりました。




手の震えを克服するには、対人的なスキルを身につけていく必要もあったし、私自身長年獲得を望んでいたものでもありました。

人の眼、世間体を気にしてしまうのも、私自身、そういう親に育てられ、影響を受けてきたからです。

医師になることは私の夢でもあったと同時に、親も強く願っていたことです。

無理矢理医師にさせられたわけではないとはいえ、子供の頃から、親の期待がかなりのプレッシャーになっていました。

細かく書けばきりがないですが、親の目、人の眼、世間の目が私の手の震えを悲惨なものにしていたことだけははっきりしています。

手が震える、足が震える、書痙になる、だからそれを消したい、という「狭い戦い」だけでは、症状の克服はかないませんでした。

いつの間にかそういう狭い見返りのない戦いに没頭してしまうのも、神経症の罠と言える。





岩波先生からはもっと大局的に広く物事を見ることの必要性を教わりました。

脳の柔軟性です。

岩波さんはとてもコミュニケーション能力に長けていて、対人スキルも唖然とするぐらい高い人ですが、そのスキルを学ぶと同時に、緊張する私自身の人生の歴史を広く客観的に見るように薦められました。

私がなぜ異常に手が震えるのか? なぜ他の医師は重要な手術でも手を震えないで、見事なメス裁きができるのか?

それは、私と彼の半生の違いから来ているとわかった。

そして私に足りなかったものもわかってきた。

それが、対人スキルの獲得や、親の目と世間体からの脱出の必要性につながったのです。





そもそも過度の緊張が起きて、勝手に私やあなたの手が震えるのはなぜか?

肉体的な病気ではないのなら、何があなたに手の震えや過度の緊張を強いているのだろうか?

そこに世間体や職場の上下関係や失敗の許されないプレッシャー、よく見られたい心理などが絡んでいないだろうか?

無駄なプライドが邪魔をしていないだろうか? 

もともと人に対して過度に緊張を発生させやすかったか? またはそうならざるを得ないぐらい親の影響を受けてしまったのかどうか?

手の震えを克服することだけを考えず、もっと広く根本的に捉えていけば、解決のヒントが必ず見つかるはずです。





自分自身の人生を見つめなおすことで、手の震えが起こらざるを得なかった流れがきっと見えてくるはず。

私が手の震えや緊張症を克服できたのは岩波先生のおかげですが、例え先生のようなスゴ腕の人がいたとしても、克服のヒントは自分の半生の中に隠れています。

これは無意識に渦巻く情動と抑圧として隠されています。

そこをしっかりと見つめることができるのは、私たち以外ありえないのです。

私たち自身が、私たちの内面の奥深く、つまり無意識に意識を入りまないといけない、そして様々な発見や気づきを得なければいけない。



人の眼が気になることによる手の震え(それが昂じて反射神経になる)ならば、対人スキルをあげることをおすすめします。

自己肯定感が出てくれば、震える要素はその分少なくなります(その前に自己否定感に至るルーツの流れを解消させないといけないが)

この人の目、視線があって初めて生じる神経症は、人がこの地球上に存在する限り、自動的に治っていることはないと思ってください。

もっと緊張が悪化していくだけです、その人の数だけ悪化要因があるのだから


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職業と手の震え&書痙

精神的に追いつめられるから、手の震えや書痙が抜き差しならぬ大問題となってしまいます。

それが一生の職になる場合、手の震えによってその仕事に大きな支障が出てしまう恐れがあったら、誰だって精神的に追いつめられます。

だから必死で震えないように力を込めたり、念じたりする。

そうでもしなければ、仕事が続けられない、生きがいも失うし、夢も諦めるしかない。





しかし、心の余裕がないわけだから、ますます自律神経(交感神経)が狂ってしまうだけで、それによって悪循環の渦に嵌ってしまうのが、私は何よりもつらかった。

この渦にどれだけの人が溺れ死んでいったことでしょうか。

もし、仕事(手術など)など関係なしに、私生活でのみコップを持つ手が震える等であったなら、私はあそこまで追いつめられなかったと思う。(ただしそれがウェイターという職業となると話は別です)




同じ手の震え・書痙の苦しみの体験をしている人は本当に多いです(ブログをやってから改めて実感)。

手の震えによって仕事に重大な支障をきたしていたり、退職せざるを得なかったり、いつも「ひっかかる」状態で仕事に打ち込めない、心配不安ばっかり感じているという人は、毎日がおつらいことだと思います。

たった一つの弱点で、人生の根幹たる仕事が満足にできない、力を発揮できないなんて、数ある悲劇の中でも上位に来るものだと私自身体験でよくわかります。

しかも、この種類の悩みは、器質的疾患ならば休養と時間が解決してくれることも多いのだが、全然時間が解決してくれないし、休養しても予期不安に苦しめられるし、社会から取り残される焦りも出るし、いつまでたっても治らないところが、ますます悲劇の色を強めてしまう。

器質的疾患は、手術で取り除けるものだが、神経症や精神的疾患は手術が通用しない。

向精神薬も非常に問題が多い。

治りようがないところがあります。



その終わりの見えない苦しみと不毛な戦い陥るストレスで、うつ病になる人も多い。

しかも外見上はなんら人にはわからないわけだから、自分自身の中でどうしても処理してしまおうとする。

人から同情されない、否、それ以前の全く理解不能な孤独な悩みです(同じ体験した人だけが共有できるもの。しかし孤独な者同士の傷の舐め合いも良くない)

誰にも言えない
わかってもらえない
震え、緊張の悩みを告げたとしても低く見られる
心理を見透かされる恐れがある
仕事に支障をきたすかもしれない
夢を諦めざるを得ない不安・・・

こういったことで誰にも相談できないから、どんどん悪い感情を抑圧して、たった一人で解決不能な問題を永遠と悩んで解くようなものし続けます。

交感神経が暴走して、自律神経失調症になるのも無理は無い。

神経伝達物質の分泌も狂って、うつ病にもなる。


いい経験が一切味わえなくなり、ますます不安を感じ(予期不安)、本番で失敗体験をし、ますます自信を無くして、震えてしまう確信だけが強化されてしまう。

ここまで来ると反射神経で、何の下準備もなしに一瞬で震えるモードに入ってしまう

反射神経になると、もうパブロフの犬と同じで、自分への理性的な説得はまったく無駄です。

ここから抜け出すには、私は相当のエネルギーと発想の大転換と自己改革が必要になりました。

普通の克服方法をやり続けていたら、私は今も悩んでいたに違いないし、こうして克服ブログを書いていることはなかったでしょう。




私の経験から、一人で悩んでどうにかして解決しようとしても、個人の力では限界がありました。

まずは自分で悪循環の渦の中に放り込まれないようにすることが大事です。

悪化してからは仕事を辞めざるを得なくなる=生きる意義の喪失につながる。

信頼できる相談相手を見つけられることが、悪循環を止める第一歩になると思います。

自分で震えの不安を解決しようと全気力を振り絞って、私の全知恵を振り絞りましたが、不安は更なる肥大化した不安を自分の中に呼び込むだけでした。

私の一時期最悪な悪循環を繰り返さないように、気をつけて下さい。




最後に私生活でのみ私の手が震えたとしても、やっぱり悩んでいたんだろうなと今思います。

そればかりに執着して、例えば恋人とレストランにいけなくなるなど多くの弊害が出るでしょう。

そして、ますます震えを気にし、震えを止めようとし、どんどん震えが強くなる悪循環にここでもはまっていたことでしょう。

根本から治さないと、一生どんな場面でも悩み続けます

人は環境やシチュエーションで悩むのではなく、悩みの爆弾を抱える人ならば、どこに行っても悩んでしまうのです。

仕事を辞めるだけじゃなく、私生活の危機にも通じ、器質的疾患以上の、命の危機にもさらされるのです(加害者は自分という恐ろしいものです)
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手の震えや書痙を医師に相談すると・・・・ 過緊張、パーキンソン病、本態性振戦、アルコール中毒・・・

手の震えや文字を書く時の書痙は、最初肉体的な器質的な病気かと思う人も多いと思う。

腕の異常、脳の異常などを疑ったことは私にもありました。

結局は緊張が強すぎたことによる震えだったわけだが。

一種のあがり症でしょう。




医師に相談したとしても、「病気」ではないため、納得いく答えはもらえないことがほとんどです。

メンタル面まで察知してくれる医師は実はそれほど多くはないです。

同じ悩みの体験をしなければ、どんな優秀な精神科医にもカウンセラーにも、まず理解されないと思っていいでしょう。


余談ですが、名医といわれる医師は、そういうところまで実に優秀です。

「医は仁術」といわれますが、「仁」の意味の中にはメンタル面でのサポートができることも含まれるのでしょうね。

「医は算術」時代の昨今、視野が狭くなってきていると現場にいてもつくづく思う。




もし仮にパーキンソン病の初期症状と誤診されてしまったら、必要もない薬を飲み続けなくてはいけないわけで、それも怖い。

ちなみにパーキンソン病は、動いている時には震えが止まり、何もしていない状態に震えることが特徴。

他の震えを伴う病気もそういうケースが多い。



つまり、交感神経暴走による手の震えのケースは、モノを持った時、何か動作をする時に発症するわけで、全く正反対です。

また高齢者になると発症することが多い「本態性振戦」「老人性振戦」というものもあります。

これも手や頭が震えるものですが、原因はわかっていません。

ストレスが影響しているとのことですが、どんな肉体的な病気もストレスとは無縁ではないのです。

アルコール中毒患者も手が震えます。

中毒になるのも精神的な何かからの逃避でおきるわけで、メンタル面は森羅万象すべてに良くも悪くも影響を与えている。

まあ、過緊張による手の震えを含めて、いかに震える症状が多いかということですね。

震えで苦しんでいる人は、相当数のぼります。






そして言えることは、緊張性の震えは手術をして手の震えが治るものではないということ。

どんな名医でも不可能な領域です。

結局、ストレスや緊張をどう外して生きていくか、それらが生じてしまう原因を破壊していかなければ、ずっと震えで苦しむことになる、そんな恐ろしい症状です。

私は手の震えで苦しんでいた頃に比べて、だいぶその外し方がうまくなってきたと思います。

割り切りと覚悟をベースで持つことが必要でした。

震えたからどうした
震えても歩みを止めない



この考えは克服するために必要な要素となってきます。

本当はこんなことを受け入れたくないのだが、手の震えを克服するってことは、それぐらい大変なものです。



手の震えは、無理やり力で押さえつけても治りません。

震えは、脳と体の緩みがあるからおさまります。

つまり、腕を固くして震えなくすることは、中期的に見たら、もっと震えるようになってしまいます。
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手の震えと書痙と自律神経(交感神経)の暴走

パーキンソン病やその他肉体的病気をのぞく手の震えの原因は、結局の所、過緊張による交感神経の暴走に尽きるでしょう。

交感神経とは自律神経であり、副交感神経とセットです。

副交感神経はリラックス時に優位に働き、交感神経は緊張状態で優位になります。

心臓がばくばくして動悸が激しくなるのも、交感神経が活発に働いているわけですが、これが厄介者です。



手の震えというものは、そもそも目に見えないぐらいの振り幅で「誰でも」動いているわけです。

それはプロの「手のモデル」さんでも同じです。

その意味では誰だって手は震えるものだとひとまず安心しましょう。

どんな人でもまったく震えないということは、肉体的にあり得ない。

常に腕でもどこでもかすかに動いている。

なぜならば心臓が動き、そこかしこの脈も打っているのだから。

生きている証です。




とはいえ、普通の手の震えにとらわれずに生きている人と、手の震えにばっかり意識を向けて、更に震えてしまう人との間には、交感神経の働きの圧倒的差異があります。

私のように外科手術など仕事に影響が出てしまった人間もいるわけで、みんなかすかに手が震えていると言われても、それに悩んでいる人にとっては気休めかもしれない。

現実の問題はあまりに過酷で、身も心も摩耗し続けていくのだから。

そこで交感神経の働きをいかに沈めてやるかが問題になってきます。

意識や知識ではコントロール出来ない、この厄介なものの暴走を止めなくてはいけない。



緊張するから、頼んでもいないのに手や足や首が震える。

手の震えを意識して捕らわれるから、一日中そればかり考えて、不安ばっかり感じる人生になり、そのときの手の震えが増幅してしまうと、ますます悪循環に陥る。

同じ悩みの人なら必ず体験しているはず。

これからの人生、手の震えばかりチェックして怯えて生きていくことを考えると、やはり緊張の部分を抑えてやらなくてはいけなくなります。

力で抑えこんでも、震えは根本的に解決できず、震えたくても震えないように、無意識から持っていかなければならない症状です。




しかし、ご存知のように自律神経(交感神経・副交感神経)は、自らの意志ではコントロールできない厄介なものです。

意志の力でどうにかしようとすると、それが過緊張をつくって、さらに交感神経が暴走する羽目になります。

だから、一人ではなかなか解決できないものなんですね。

必死の努力は、状況を悪化させるだけで、努力に見合った成果はあがりません。

私も地獄のような不毛な神経が摩耗するだけの日々を過ごしてきました。




それでも交感神経をコントロールする方法はあります(はっきり申せば自律訓練法は力不足でしょう)。

普通の意識の状態では難しい(必死の努力すら手が届かない)なら、もっと違う精神状態の時になら可能です。

いわゆる変性意識状態、トランス状態と言われるもので、これは意志とか理性の浅いレベルの世界ではありません。

自律神経のコントロールだけではなく、記憶や五感、運動のコントロールもできるすごい状態です。

自律神経は、非常に強く深い変性意識状態になった時にはじめてコントロールできるようになるのです。



人間は己の意識を、無意識に滑りこませることが、ある条件の時できます。

その条件以外の時は、どんなに頑張っても、無駄な労力とエネルギーを費やしても悪化する一方になります。

そのメカニズムの怖さを知ることが、とても大事です。


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自分への自信と信頼 手の震えと書痙の解決の過程

手の震えで悩んでとらわれていた時、良くなっている自分を想像できなかった

良くなるってどういうことなのか? 手が震えない自分って果たしてあり得るのか?

緊張と焦りと不安の連鎖が断ち切れて、自由にのびのびしている私の姿が、遠い世界のように感じられました。

イメージトレーニングの一貫として、自分に自信を持つために、手が震えないへっちゃらな自分をイメージしようにも、そう考えることができなかったのです。

それがますます自信喪失へとつながってしまったが、手の震えを克服するってどういうことかすら想像がつかないほど悪化していたわけです。

悩んだまま時間が過ぎると、明るい色も、その暗闇に覆われてしまって、明るい色がどんなものであったのか忘れてしまう。

私のように悩み続けて、時間を潰して、いい時期のことを忘れてしまう前に、みなさんはなるべく早期に悩みの暗い色に塗りつぶされる前に、悩みに対処してください。

時間は思っている以上に貴重です。



手の震えや書痙が発症する前、私は全く手の震えを意識することなく、手が震えたらどうしようなど全く考えないでずっと生きてきました(当たり前ですね)。

だから想像がつくはずなのに、悩みって本当に怖いと思う。

一度重い悩みに長くとらわれたら、脳みそは自由な時期のことすら、その感覚を忘却の彼方に押しやってしまう。

パソコンのファイルセーブで言う『上書き保存』です。

私の脳が、手の震えと緊張のみに支配され、過去に保存されているはずの『何も考えていない自分』というものが思い出せない。





それにかつて良かった頃の感覚を思い浮かべてみたところで、「昔は震えなんか全く意識しないで生きていたんだよな・・・。しかし、なぜこうなったんだ、なぜこんなに苦しまなければならないんだ・・・・。あの頃はよかった。それに比べて今は・・・」とまた悩んでしまう悪循環に陥るでしょう。

神経症の類は、一度意識してとらわれたら最後、意識の外に押しやることは不可能です。

無理矢理打ち消そうとすればするほど、倍返しで強固な病的な意識として戻ってくる

その執着に脳がどっぷりと浸かってしまうと、悩みがどんどん悪化していきます。





私は悩みを乗り越えられた今、手が震えないという自信をしっかりもっている

理屈じゃなく「平気だ」と思える自分が存在する。

ダイレクトにそう感覚として思っているのです。




悩んでいた時は、考え抜いても「平気、自信、大丈夫」なんて想像できなかった。

考えても緊張やあがりによる震えは抑えられないという証明です。

ダイレクトに感覚が「そう思える」ようにならないといけなかったです。

決して「そう思う」ことで得られるものではない。

無意識の底からそれを定着させていかないと難しいと思います。




無意識の世界は確実にあります。

理論上の話ではありません。

その無意識を攻略していく手法に出会うまでは、私にとってもただの空想話でした。

実感がわかなかったからです。

しかし本を読んでも無意識が大事なことはわかっていたし、人間には無意識という領域があることは大学でも勉強していたし、何より手の震えが無意識という手が届かない世界にある悩みだからこそ、これだけ苦労してきたわけです。

だからこそ、岩波先生の超越的な技術に出会うことで、実際に自分の無意識世界の可能性を知ったことは嬉しかったです。

これ以上の人生の感激はありませんでした。




何より無意識世界の抑圧感、迫力感には、私の悩みの強さとどんなに頑張っても克服できなかったことを思い知らされました

本当に、それまでやっていた知恵での悩み対策が子供だましに見えました。

逆になんと恐ろしい逆効果の対策をとってしまっていたのだろうと思います。



同時に無意識世界の神秘性やすべてが削ぎ落とされた自由感と快適さ、安楽さ、そして希望にも胸が震えました。

無意識を攻略せずして、人の心は変われない、そう思い知らされました。

無意識の病因をほったらかしにして、悩みが解決することもない、そう思います。

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手の震えと書痙に苦しむ人へ 克服経験より

手の震えや書痙で苦しむ方へ。

悩んでいるのはあなただけではありません

あなた以外にも、非常にたくさんの人が今も悩み苦しみ、傷ついています。

病気や依存症による手の震えと精神的なもの(過緊張)による手の震えがありますが、ここでは後者の過緊張による手の震えのことを書きます。




私は先に手の震えや書痙を克服した人間として、地獄から生還した者として、是非伝えたいことがあります。

あなたの心がどちらに向いているかまず確認して下さい。

内向き、消極的、逃避、防衛、焦り ←このような心の状態の場合、いつまで経っても手の震えと書痙は克服できません。



手の震える人は、震えを抑えるために人生をかけた必死の抵抗をします。

その努力感は、普通の人には決して出せない努力とエネルギーです。

それでも、心がマイナス方面にあると、すべて徒労に終わってしまいます。

さらにマイナスの感情を掻き立てるだけに終わります。

つまり手の震え克服には、手が震えないようにする努力ではなく、もっと根本のメンタルの部分から変えていかなくてはいけないということです。

メンタルの部分とは、決して名外科医が手術してもメスが届かない分野です。

どんな名薬であってもです。

まして向精神薬は、中長期的な服用だと、その副作用により身も心も蝕んでいくので、いわずもがなでしょう。



そしてメンタルにも表と裏があって、裏(いわゆる無意識)に問題が生じた時、人はどうすることもできません。

結局、逃避や防衛、知恵(本を読んだり考えること)での対策をするしかありません。

それがすべて無駄に終わっていることは、多くの人が感じていることだと思います。

得られたものは焦りと絶望だけでしょう。

私も焦りが焦りを生み、医師の仕事をやめることを本気で考えていました。

外科医の仕事を私がやめるってことは、夢も希望もすべてがなくなることと同じでした。

それまで培ってきたキャリアやエネルギーの投入量から言って、過去全ても否定しなくてはいけない状況です。

もしそこまで追い詰められていたら、社会人的な死だけにとどまらない大打撃になったでしょう。





手術でも表面的対策でも、手が届かない手の震えや書痙というメンタルの問題を、私たちはどうやって解決したらいいでしょうか?

どうにもできないじゃないかとあきらめている人もいるかもしれませんが、それも早計です。

人は考え方や信念一つでメンタルの部分、それも無意識の部分から変えることができます。

これは私が経験していることだから、間違いないことです。

内向き、消極的、逃避、防衛、、執着心、焦り これらは火に油を注ぐだけです。




自分が『主』として生きることこそ必要でした。

俺は俺の生き様でいく、このsubjectiveな考え方を信念として心の奥深くに植えつけることですべてが好転するようになりました。

決して受け身な生き方ではダメでした。

この生き方はすべてのマイナスを吸い寄せました

自分がなくなってしまうからです。

己が主として生きることで、いちいち手の震えがどうか、書痙になったらどうしようという焦りから解放されます。

いきなり100%は無理かもしれません。

でも確実に自分を変えることができます。



何だ、単純じゃないかと思われるかもしれませんが、単純明快なことじゃないと心の奥に響くことはありません。

知恵や考えはすべてを複雑化してしまい、問題解決を余計こじらせてしまいます




手の震えや書痙はとどのつまり、震えたらどうしようという不安と焦りから発生します。

それに打ち勝つために、それ以上の単純で強力なものを心の無意識にぶち込むことです。

私は岩波先生という名心理コンサルタント(脳の魔法使いとも言える)の元で、いかに信念として脳に焼き付かせるか、無意識に入れ込むかを徹底的にやりました。

そして自分の内向きだった考え方を変えました。変わりました。

手の震えを克服して悟ったことは、結局それしかないというのが私の痛感したことです。




もし今でも手の震えや書痙と終わり無き格闘をしている人がいたら、闘い方を間違えています

人生という限られた時間の中で、せっかくの莫大なエネルギーを不毛な戦争に使うよりも、自分を主体として建設的なものに使えば、成功なんて約束されたものです。

手の震えの克服に比べたら、どんな難問でも大したものじゃありません

手の震え、書痙を解決できたら、これから先襲い来る不安なんて、なんの障害にも感じません。

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生き様を持つこと。人生は一度きり 手の震え、書痙の克服方法

私の手の震え・書痙・あがり症克服の方法として、プラス方向へのアプローチとマイナス克服アプローチの双方向でやっていきました。

手の震えやあがり症が出てしまう私の人生のルーツ分析をし、潜在意識から処理していく方法やプラス暗示を脳に徹底的に入れ込むマイナス克服アプローチも効果的でしたが、もっと強力に克服するためには、プラス方向からアプローチをしていった方がいいと思います。

そして悩みや不安、緊張を壊すためには、相当なエネルギーが必要です。

あれだけ莫大な不安や恐怖と執着しすぎている心と脳を克服するのだから、それ以上のパワーとエネルギーを注入しないとダメなことは、誰もが気づいてることだと思います。

だから気合と根性で強行突破しようとして、体だけを硬直化させ、心も余裕をなくさせ、ますます震える構図にはまっていくわけです。

そのエネルギーがあるときはまだいいほうです。

強行突破作戦が無為にして化すと、悲しいことに、悩みでボロボロになってしまい、少しでも楽してエネルギーを使わず治そうとする方法にシフトしていきます。




本を読んで気持ちを落ち着かせようとしても、ただ気休めで終わってしまうにも理由がある。

そこに悩みをうっちゃれるエネルギーがないからに過ぎない。

私もさんざん飽きるぐらいに本を読んできました。

読書が好きだったのもあるが、手の震え克服に何もしていない自分が何よりも嫌だったからです。

しかし、何一つ好転したためしはありません

結局、克服するためのエネルギーはどこにあるかというと、自分自身の中にしか存在し得ないと気づきました。




例えば私が医師になるために勉強してきた莫大なエネルギーがあったわけで、それならば、悩みを克服するために必要なエネルギーも私の中にあると言い聞かせました。

外科医という私の夢であった職業が、手の震えと極度の緊張、あがり症如きですべて灰燼に帰すと思った時の恐怖感は相当なものだった。

だからこそ最後の頼みとして岩波先生の技術にかけたわけですが、まず私には何とかして脱出したい、克服してやるという気持が恐怖の反動から生じていました。

このまま終わりたくない、一生悩みつづけることはもう嫌だ、疲れ続け耐え続ける人生はもう嫌だという不安感や焦りのエネルギーはかなりのものでした。




次に私のエネルギーとなった出来事が、岩波先生のプログラムに参加したことでの感動と希望でした。

この方法ならば、必ず克服できるという希望と、実際に受けた時の感動が、私のモチベーションになりました。

三つ目が、エネルギーを死ぬまで保たせる考え方です。

それは今日のブログのタイトルに書いたような「生き様」でした。

生き様って一言で説明すると「一度きりの人生を俺はこうして生きていくぞ!」という決意と覚悟ととらえてます。

「手の震えがばれたらどうしよう」「緊張していることがわかったらやばい」という病的な考えに頭が支配されていたため、私の生き様なんかどこかに吹っ飛んでいました。




手の震えの悩みに陥るまでは、「私なりにこうやって生きていくぞ」というちょっとした生き様があった。

けれど、悲しいことに人からの評価と視線ばっかり考える人生になっていた。

生きる意味なんか、人の評価のみで支配されていたら、自分自身を無くしてもろくなってしまう

これは私が身に染みて体験したことです。

生き様を無くした人間に強さなんかないし、もろいし、頼りない

そんな人間が手の震えやあがり症を克服できるエネルギーを持てるはずがない

だから一人だけで立ち向かおうとするとボロボロにすり切れた雑巾のようになるだけ。

エネルギーがないと粘りがきかないし、傷つくことをしなくなるし、リスクを取れなくなる。




おかげさまで、私は生き様を取り戻すことができ、さらに今は確立することが出来ました。

もっともっと大きな生き様を持とうと今励んでいます。

この生き様でやってやる、そして目的を必ず実現させてやると思っている人間に、手の震えとか上がったらどうしようなんていう考えは入り込む隙がないです。

いつでも(震えが)やってこい! と心底思えている人間に、震えなんかやってきません

だから、今すごく気持ちが乗っている状態です。

精力的に仕事をこなしているし、手術恐怖症もなりを潜めました。

考え方一つで人間は破滅にも快適にもどちらにも行ってしまうので、とにかく悩みでどこかに消し飛んでいる「自分」という存在を再構築することが大事でした。

悩み克服に取り組むと同時に、自分の確立、生き様を持つこと、リスクを選択する覚悟を持つことが必要でした。

その双方向からいけば、必ず生きる上で障害になっていることも克服できるので、頑張って下さい!

何事も初心に戻るべきです。

根本からやっていくべきです。

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書痙について 書痙克服するためにやったこと 外科医書痙克服記録

手術時の手の震えが一番の懸念材料だった私ですが、書痙にも悩まされてきました。

字を書く時に手が震える症状を書痙と言います。

特に人前で文字を書くとき、書痙が発症します。

結局書痙も手の震えの一種なわけで、私も書痙になっても何ら不思議ではなかったわけです。





でも、字を書く機会は非常に多い

冠婚葬祭の記帳する時、サイン、署名をする時、クレジットカード支払い時の名前を書く時、学校に通っている人ならいくらでも機会があるし、仕事でも細かいところで人前で文字を書かなければならない。

社会人として生きている以上は、文字を書くことから逃れらない。

もし白バイの隊員が書痙だったら、せっかくの憧れの仕事に就けたとしても、青切符に文字をたくさん書かなければならないため、非常に追い込まれるでしょう。

そんなこと(普通考えもしないことでしょうね)を当時考えて、書痙ってかなり仕事が制限されるものなんだと心がクサクサしていたものです。




私の場合、カルテという厄介なものもありました。

私はなるべく日常生活でも、サインではなく、捺印ですませていたし、クレジットカード支払いも暗証番号ですませていました。

メインでつかっていたAMEXカードは、ショッピング時にサインが必要となるので、解約をしたぐらいです(とはいえ、現金派でも、お金の受け渡しで震えたらどうしようと思ってしまうからきりがない)。

それくらい気を使って書痙を必死で避けようと生きてきたわけで、どれだけ日常振り回されていたかわかると思います。

書痙を抑えようとすればするほど、意識が手、腕に集中してしまい、ますます書痙がひどくなる、あの悪循環は厄介です。

人前で文字を書くことへの恐怖感だけが募り、ましてや震えて文字が汚くなったときには、ますますトラウマを上書きしてしまうことになりかねない。





書痙についても、私の克服しようとするあらゆる努力が水泡に帰し、絶望が襲ってきました

いくら努力しても達成できないことほど、心がやられることはないでしょう。

いわゆる予期不安(文字を面前で書く機会)が日常生活をも抑うつ状態に変えてしまいました。

その当時の私の心象風景は荒野の冬のイメージです。

緑も水もまったくない、荒涼とした荒れ地に冷たい風が吹くような。




結局、書痙の原因は緊張が過ぎたため、またはそれが常態化してしまって、もう理由がなく震えるようになったことです。

精神的な原因(過緊張、ストレス)の場合、手術をして治るわけでもないし、自力で治そうとしても悪循環にはまるだけ。

結局、私のあらゆる表面的対策はどれも無駄でした(表面的とはいえ必死でした)。

根本から緊張しなくなる自分、または緊張してても受け流すことができる自分、緊張に強くなる自分になるしか書痙克服はできませんでした。




緊張なぞあっていい! 緊張してこそ人間だし、それがパワーにもなる

緊張をゼロにしようと努力すると、結果はついてこない。

過緊張の多くの人のいけない所は、緊張がゼロになって欲しいと考えてしまうところかもしれない。

そんなものはあり得ない夢物語であって、緊張していいし、そんな自分を許すことです。

いきなり肯定感を持つことは確かに難しいかもしれません。

しかし、震えてしまうのは私だけじゃなく、私と同じ人生を歩んで来た人ならば、必ずそうなるんだという風におもえたら、気持ちが楽になります。




その上で、リラックス感を体に味あわせ、いざその場面になっても、リラックス感を引っ張り出せる呼吸法の訓練をしました。

よく自律訓練法がいいという話も聞くし、私もやりましたが、自律訓練法で上手くいく人はほんの一握り、いやそれ以下だと思います。

トランス呼吸法なら、やればやるほど誰でもうまくいくし、体の変化が味わえます。

岩波先生の指導で呼吸法をやり、さらに鍛錬、研鑽を続けました。

とにかく必死で訓練を励み、また意識改革もして、抑圧も外して、ちゃんと認知療法的アプローチをして心の整理をして、手の震えや書痙を克服できました。




緊張が緊張を呼ぶ悪循環をまず破壊しなくちゃ、最悪から抜け出せなかったし、そのために根本から自分を変えていく方法しかなかった。

書痙克服にはやることはたくさんあります。

考え方も変えなくちゃいけないし、今までの自分を大変革させる意気込みも必要

常に体を固めてしまうことをやるよりも(常に悩み対策のことを考えてしまう)、脳も心も体も弛緩させる遊びのある生き方、それが大事だと思います。

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医師という職業 精神科医についての私なりの感想

ブログを再開してから、日常のことに鋭く反応するようになってきました。

表現する行為は周りに眼を開かせるものですね。

日々感じることも多くなり、また書きたくなることも多くなります。

時間的に忙しい時も多いですが、最近はブログ更新もできていて、ホッとしてます。



今日は私もお世話になった精神科医について、書いていきたい。

精神科医の安易な投薬治療を、他の科の医師はよく批判します。

たまたまテレビで医者が集まる(ひな壇形式で)ところを目にした時のこと。

精神科医はすぐ薬を出すという他科の医師の指摘(ちょっとバカにした笑みだった)があった。

たしかにその批判・指摘は当たっていると思う。

精神科医は診察(カウンセリング・対話・問診)か投薬、たまに認知行動療法、森田療法や精神療法などで患者の治療を行います。

とはいっても、ほとんどすべてが問診・投薬のみです。

しかし、問診が五分で終わるところが多く、よく批判がある「精神科医は薬の自動販売機」という結果に終わってます。

これでは精神科医への患者の不信が増すでしょう。

安易な投薬というのも考え物だと思います。

また十分な薬の説明をすべきとも思います。



これは私も十分気をつけなければいけないと思っています。

精神科医が事務的な対応をとってしまう一つの理由として、医師が患者さんに精神的に引きこまれてしまうことを恐れることがあります。

あまりに患者さんに親身になりすぎると、精神科医自身の精神状態まで悪く引っ張られてしまうという意味です。

これは私もアドバイスされたことがあります。



でも、私の知り合いの精神科医のように、真摯に患者に向かい合う医師もたくさんいます。

回転率が悪く、利益率も悪くなるのを当然知っているはずだけど、生きがいとして、使命として精神科医という職業をやっています

一部の薬の自動販売機により、こういう立派な尊敬できる精神科医まで不当に貶められることになったら残念です。

今の日本の医療界はいびつな構造になっています。

外科医が少なくなっていき、逆に増えているところもある。

もし精神科医が「薬を出すだけで、あとは回転率を上げるだけで楽」という理由でやっているとしたら、これも残念です。



一方で立派な精神科医がもっと増えて欲しいと思います。

なぜかというと、評判のいい話をよく聞いてくれる医師に患者さんが集中すると、もしかしたら五分診療になってしまうかもしれないからです。

それだけは避けて欲しいと望みます。

医療界のいびつさは、こういうメンタルヘルスな切り口から見ても、存在していると思う今日この頃です。



向精神薬の副作用の酷さ、薬では症状そのものは治らないということ、中長期的服用における心身への負担、向精神薬による廃人の増加など、あまりに多くの問題が精神医療にはあります

その被害者にならないように、治すために行った薬物療法によって、逆に廃人化とならないように、この問題にも向き合ってみてください。
抗うつ剤はますます我々の生活に身近になってきました。

中には依存してよだれを垂らす生活に追い込まれてしまった人がたくさんいます。

かつては頭脳明晰で責任感が強くて真面目だった人がです。

うつ病のせいでなったわけではありません。


こういう抗うつ剤や向精神薬や向精神病薬の問題が今後もっと増えていくでしょう。

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かけがえのなかった私の先生へ (神技を持つ岩波先生へ)

熱いハートを持った人だ。魂から徹底している人だ。

理屈は通用しない。小細工も通用しない。小ずるい対策も通用しない。

敵に回したら先生ほど強敵な人はいないだろう。

幸せなことに、心の問題に悩まされている人の味方だ。

しっかりと自分を持っている。

そして自分は悩みようがないといっているから、本当に強い人だと思う。

じっくり話し合ったことがあったが、昔悩んだことがあると言っていた。

想像がつかなかったが、でもあの強さとパワーとスピードは、克服したからこそなのだ、と逆に納得がいった。




自分が大好きだと言っていた。

自分に満足できているから、とても私にも親切にしてくれた。本当に感謝しつくせない。

人間的な大きさ、凄み、誰かが書いていたが「カリスマ性」、鋭利なほど洞察力を持った頭、何よりも大きな優しさ、そういったもの以外に感心したことがある。

それは、人間心理、潜在意識、無意識、脳内の世界に関して、とても研究熱心と言うことだ。

私はあの熱心さに比べればまだまだ甘いと感じた。

だからこそ、あれほどの誰もまねできないレベルにある技術が身についているんだろう。
天才とは、素質もあるだろうが努力と熱意がほとんどを占める、と岩波先生を見ればよくわかる

悩む人は、私もそうだが、執着心が非常に強い。

だけど、建設的な執着心じゃなくて、情けないことに悩みなどマイナスに関係するばっかりのものだ。

先生はプラスのものに対し執着心がすごく、マイナスなことにはすぐ割り切れる。

自分が絶対こうしてやろう、身につけてやろうと思う執着心と行動力はすごいと感じた。




岩波先生の元に神経症克服だけでなく、その技術やノウハウを学んでいる人も多く来ているらしいが、先生に匹敵する人は今後現れるのだろうか?

話し方の技術、コミュニケーション能力、人を引き込む力、人から高く評価されるパーソナリティなど超一流で、神経症、あがり症克服後も、人間関係の構築、コミュニケーションスキルを岩波先生元で学びたいといつも強く思っていた。

悩みの本質を見抜く力や反射神経ではまずかなわないだろう。そして経験値も。

人間のもっと原始的で本質的な部分へ訴えかける能力と技術(脳覚醒技術、脳内・無意識訴求技術というらしい)は、世界で最も進んでいると言っても差し支えないと思う。

本音で生きている人だから、言っていることに矛盾が全くない。ぶれが全くない

よく前に言ったことを忘れてしまうことは多いが(笑)、ささいな枝葉の部分はどうでもいいという人だからだ。

だが根っこの部分だけは本当にしっかりしている。

だから、昔先生が私に言ってくれたことが、今になって、「あ、こういうことだったんだ」ということが未だにたくさんある。

その都度、私は成長してきた。そして今も成長していると思う。

だから、話し合うことが楽しみだった。

そして、私の何歩も先に行っていた。いっぱい知ることができた。

あれだけ支持されるのは当たり前と実際感じることが出来た。

つまり本物の自己を確立した人間だった。

ある種の悟りを持っている。

悟りといっても堅苦しいものじゃなくて、本質をよく知っているという意味でだ。



(※岩波先生は1946年生まれ、いくらパワーとエネルギーに満ち溢れた人といっても、一般的年齢からしたら高齢です。
いつまでも岩波先生の超越的な脳内・無意識訴求技術(脳覚醒技術)を、一般の人向けに広く適用している時間は、あまりないと思います。
岩波先生がいなくなったら、昔の私を含め、多くの人が、悩みを根本から解決する方法を喪失するでしょう。人類の損失とまで言える自体です。
だから、もし岩波先生の心理脳内プログラムを受けるのならば、今しかないと思ってください。後で後悔しないためにも)



私のブログ(ホームページ)を読んでいただきありがとうございました。
BLACKJACKでした



岩波先生の言葉・講演集は発想が卓越していて、参考になることばかりです。
一読する価値あり

私が受講した神経症克服プログラムあがり症克服プログラム

※現在はこちらに医師専門心理脳内プログラムがあります。

こんなホームページやプログラムを作ってくださり、どれだけ私の助けになったかわかりません

テーマ:医療・病気・治療 - ジャンル:心と身体

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神経症、手の震え、あがり症が良くなるためのヒント 私の経験より

神経症が良くなるためのヒント 経験談より

「手が震えたらどうしよう」 は結果的に 「手が震えてしまう」

「手が震えないように努力しよう」 はますます 「手が震えてしまう」

「手よ、震えるな、震えないでくれ!」 は結局 「手が震えてしまう」

「よし、手が震えていないぞ、このままいけ」 はまたまた 「手が震えてしまう」

心の悩みは天の邪鬼すぎる。

思ったこととは逆方向に行ってしまうからだ。
.
「手が震えてもいいじゃないか」 は 「手に震えようがなくなる」のである。

これが「悩みを受け入れる」ということ。




悩みと闘うより、受け入れた方がよっぽど神経症とかあがり症が治る近道だった

「手が震える」ということは、私にとってリスクだ。

リスクをどうしても回避しようと焦って、強く「震えるな! あがるな!」と念じたりする。

そうすると、「手が震えるor震えていない」という闘いに入る。

闘いという生やさしいものじゃない。

手の震え緊張に一方的ななぶり殺しになってしまう。 ジェノサイドだ

その闘いに入っていると言うことは、常に手に意識が向いているのだ。

自分の緊張や焦り、あがりにばかり神経が集中している。




無意識では手に意識が向いていると言うことは、「震えろ」「震えろ」とマイナス暗示が強くかかっているということ、恐ろしいことに!

これでは虐殺に等しい。

だから苦しんでしまう。

いつまでたっても治ることなんかないかもしれない。




それぞれの症状にこれをあてはめてください。

手の震えあがり症書痙に限らず、あらゆる心の症状に当てはまることだと思う。

不眠症もそうだ。

「気になる」ということもそうだ。

これこそが、単純に見えて、矛盾のようで、奥の深い一番の真実なのだ。

神経症の心の働きほど矛盾しているものはない。そして単純なものはない。

でも奥がとても深い。

しかも複雑にこんがらがっているように思えてしまう。

だから難しいものなのだ。

だが、実はこんな単純なものだ。




問題はこれができるか、ということ。

難しいし、甘くない、と言っておきたい。

でも、やれるものだ。

複雑化、難治化させているのは自分の間違った思いこみが大きい

目を覚まさせてくれる人がいないといけない。

私は幸運にもすてきな人と出会えた。

闘わなければならない。


でも、努力の掛け違い、つまり闘う場を間違えると大変なことになる。

観念や知恵の世界でみんな努力してしまう。

その結果、泥沼に入り込んでしまっている。

開き直れるということは、もっと人間の根幹、哲学、ハートの部分から起こらなければならない

そのためには無意識部分からの処理、間違った認識を正す、自分の過去を見つめる、変わってやろうという意志が合わさって、はじめて可能になれた。

どれか一つかけていても悩みって良くなるには大変だと思う。

一人の力だとどうしても袋小路にはまってしまうと思う

結局、やらなければ、やれなければ、ずっと苦しむことになる。

だからやらなければ、何もはじまらない。

決意と覚悟が結局必要になる。

怯え続けていては一生治ることはない
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神経症(手の震えやあがり症)がよくなってみて

◆私の半生とその後の神経症の関係

私はあくまで、私の過去の半生からの流れで、あがり症手の震え手術恐怖症、自律神経失調症になった。

元々緊張を誰よりも感じる人間で、本番に力を発揮できないタイプでもあった。

また、ある部分では、自分に自信がない人間だった。

端から見るとそう見えないらしいが、確固たる自信というものを持ったことがない人間だった。

神経質で、 いつも自分を守って、さらけ出すことはしなかった。




親の影響がとても強い。

親もそういうタイプだった。

父方の両親もそういう感じだったから、脈々と受け継がれてきたのだろう。

迷惑な話だが、私の代でそれを終わらせなくてはいけない。

そのためにも一念発起した。



◆人に何にも悪いことをしていない、しかし私自身にいいことをしていたか? 

二輪車に例えてみれば、私の人生はずっとブレーキーをいっぱい踏み込みながら、アクセルを誰よりも強く回して、それで前にやっと動いていた

人よりも頑張ってきたということはいえると思う。

でもいつも心のどこかに違和感を感じながら

当然ブレーキにガタが来るし、心が壊れてくるのは必然だった。



エンストも怖かった。

とにかく動け、動け、と必死で前に進んでいた。

完璧主義者だったし、妥協も嫌いだった。

人生って、ブレーキを踏み込まなくても、安全に前へどんどん進めるものだ。

そう今は気づいた。

しかし、私はどうしても怖くて、リスクをおそれて、ブレーキをかけ続けていた

ブレーキを踏んでいることの方が、低速になって危険だというのに、私はおびえてブレーキを踏み続けていた。

そして、自分を必死で守ろうとした

自分をさらけ出さないように調節しながら、用心深く生きてきた結果は、手の震え書痙、自律神経失調症などの神経症という結末だった。

私は何一つ悪いことをして来なかったにもかかわらず、ひどい罰を被った。

それは、私は自分自身の心の本音に対して、悪いことをしていたからなんだと、自分なりに悟った。

悩むのは必ず理由がある。




表面的には、バイクは前に進んでいて、ある時期までは目的地にたどり着いていた。順調だった。

でも学歴的なものにしかすぎなかった。

もっと根本的な自分という存在はきしんだ音を立て始めていただろう。

しかし、そんなものを抑制してしまい、自分は成功していて、自信のある男だという外ッ面だけを装っていたし、そう思わなくては心のバランスがとれなかったのだろう。

まったく空虚な人生に思えたとき、一念発起へとつながったのだ。




◆そんな私でも変わることができたきっかけ

目を覚まさせてくれたのは岩波先生という方だった。

リスクがあって、あえてチャレンジし、傷ついてもそれを糧にして、さらに突き進める人は、こんなことでは悩まないだろう。

先生がそういう人間だった。

私の悩みを抜け出すには、それしかないと強く思えた。

努力の掛け違いを今までしていた。



私が救われるのはこの先生しかいない、はじめてそう思えた。

二度と同じ苦しみを繰り返さないために、根本から無意識の病因を解決しようと思った。

そして、最後の手段だと思って、岩波先生の神経症克服プログラムを受けてみた。

次第に岩波先生の行っている心理脳内プログラムの効果が上がって、心から無理なく開き直れるようになった。

そうなると雪だるま式に自律神経失調症から、不眠症、マイナス思考、手の震え書痙と改善していった。

前向きに事が進むときの希望あふれる心地よさを皆さんもぜひ味わってほしいと思います。

どんなに努力しても変われないことにも理由があるし、変われるのにも理由がある。

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名心理脳内コンサルタント 岩波先生と出会って

◆世界にただ一人の存在・岩波先生について

私はスゴ腕の心理・脳内コンサルタントのプログラムを受けることができた。(これはリンク先にある
BIGBOSSさんの手記/回想記にも書いてあります)

個人的なものもあり、また特定されることも嫌だから、あまり書かない。

プライバシーもあり教えてくれなかったが、岩波先生は私のような立場(医師とか手の震え)の人を多くかまっているらしい。※[医師専門心理脳内プログラム]が現在あります。

私のような医師から弁護士、経営者、それらのお子さんから芸能人に至るまで、とにかく多くの心のトラブルを抱えた人を、そのスゴ腕で強力にサポートしている

私もそのスゴ腕の威力を、症状解決という結果でもって、発揮してもらった。

岩波先生にだけは、ありのまま私の症状を打ち明けた。

この人になら開けっぴろげに話そうと思えた


◆悩まない人間なんていない

人間である以上、医師だろうが、弁護士だろうが悩んでしまうものだ。

どちらも心の、肉体の、社会の病理を扱う職業だし、病理というものに誰よりも接しているから、悩みに陥るのはあり得るかな、と思う。

健康的な人と職業的に接することは少ないから。

患者さんや、クライアントの悩みや症状に引っ張られてしまうんじゃないか、と思う。

そういう意味でも、心の悩みを扱う職業の人は、よっぽど自己を確立していないと大変なんじゃないか。

そういう意味では精神科医の事務的な態度もよくわかる。

自己を確立していない精神科医は、患者さんの悩みに引っ張られて、精神的健康を維持できない。



◆鬼才とはこんな人

私が一番お世話になった岩波先生は、そんな悩みとは無縁だろうといえる。

私より重い症状の人をずっと先生はかまっているんだろうが、完全に自己を確立していたし、悩みに引っ張られるなんてありえないだろう。

またそう先生も言い切っていた。

その自信がうらやましかった。

岩波先生のようになりたかった

当時の私と一番真逆の位置にいる先生だった。



これほど人間的に大きな、そしてある意味子供で天真爛漫な人と出会ったことはなかった

コミュニケーション能力に長け、誰からも愛されるような存在であると同時に、世界に二つとないだろう脳覚醒技術を開発した凄さに、畏敬の念を抱かざるをえない。

無意識で私が探し求めていた人に私は出会うことで、人生で一番の荒海を無事渡り切ることができた。

世の中には天才がいる、超人がいる
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神経症とは? 手の震えやあがり症について感じたこと

◆念ずれば悪化する、それが神経症

神経症とは自分の意志とは逆のベクトルに無意識が反応
すると私はとらえている。

たとえば、「(手が)震えるんじゃない!」と思ったら、余計震えてしまって、意識がそこからはずれることはない。

無理に強く念じてはずそうとすれば、余計無意識が強固に反発して、にっちもさっちも行かなくなる。


◆治したいエネルギーがすべて悪化へ注がれる

例えると、マイナス暗示というバイクのアクセルをいつも全開で走っているようなもの。

進む先は苦しみと悩みと地獄行き

ブレーキを必死でかけてどうにか止めようとするけれど、そのブレーキ(意志・表層意識)は時間とともに摩耗し疲労していく

効きが悪くなり、結局あれほど嫌なマイナス暗示の実現という恐ろしいことになる。


◆意思でも医師でもどうにもならないもの、神経症


私の場合は、手の震えと、神経の内部への過剰意識だった。

ブレーキがきかないとなると、どうにか肉体的な力で(つまり無理矢理の意志)で、止めようとするけれど、所詮そのパワーにかなうことはない。

筋肉増強剤という薬をつかって(薬物療法)、前進・悪化を止めようとしても、今度は薬物療法の弊害ともいえる副作用(昔よりはましになったが)で、結局暴走するアクセル全開のバイクに引きずられる。

あれだけパワーとエネルギーをつぎ込んだのに、マイナス暗示ばかりがフルスロットルになっているため、自分一人の力ではどうにもならない


◆なぜマイナス暗示に簡単にかかってしまうのか?

マイナス暗示(フルスロットル)はなぜなっているかというと、ちゃんと理由がある。

過去のトラウマや親のしつけなどだ。

それによってマイナスに考えてしまう癖が強化されている。

理由があってマイナス暗示がかかっているので、そこを処理して行かなくては神経症は良くなることはないと思う。

私には過去を見て、開き直ると言うことが出来なかった。

いつもひきずってくよくよ悩んでいた。

それは私の親の性格に影響を受けたが、今の私は大の大人だ。

一念発起して、変わってやる! という気持ちが出た。

それは最後に通った岩波先生のアドバイスや自己暗示の無意識への浸透のおかげだった。



◆神経症の体験談をブログで発表する理由

私は精神分析医でもないし、心理学や大脳生理学、神経症のことを本格的に勉強したことはない。

研修医の時、通り一遍にやっただけだ。

でも、神経症の苦しみを経て得た経験と私のつかんだものを、どうにかして発表したくなった。

だからブログで発表している。



キャリアの長い人なら、心のトラブルの働きはよくつかんでいると思うし、いまさらな感じがあるけれど、心(特に無意識)は本当に厄介だとだけははっきり言える。

そして、簡単に対処できるものではない。

誰もがよくわかっていることだ。

単純でありながら、矛盾したものほど、解決することが難しいのだ。

今は、外科医よりも分析医の仕事の方に興味があるくらいだ、というのはいいすぎか。

とはいえ、今は外科医としての仕事もやり甲斐を再び感じている。





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手術恐怖症/手の震え/書痙 克服への体験記4 夜明け前

手の震えの本質的病的原因

手術に関する限り、手の震えと集中力散漫が一番の悩み
だった。

手術の腕も落ちに落ち、自分の感覚的なものがすべて手の震えを止めることばかりに割かれ、手術恐怖症になった。

日常生活でも、交感神経と副交感神経の自律神経のバランスが一挙に崩れて自律神経失調症、心身症になり、物理的に胃が悪くなったり、動悸や息切れと言った不安神経症の症状にも襲われるようになった。

所詮、手の震えというのは、私の心のトラブルの一形態に過ぎなかった。

もっと本質的な心の悩みの元が、しっかりと私の潜在意識に根付いてしまっていた。

問題は手の震えではないということだ(しかし外科医という職業柄、一番思い悩まされた)。

手の震えの対策だけをしていたら、問題の本質を見誤ってしまう。

もっとやるべきことは、無意識・潜在意識のレベルでの問題の処理だった。




◆対症療法と根治療法

当時、目の前の震えの症状をいかに抑えるかだけやってしまい、いつまでも治ることはなかった。

その狭い視野が悩みの解決をいかに遅らせてしまったか、改善していく段階で気づき、後悔もした。

その分、時間を無駄にしてしまったのだ。

いつも「手が震えたらどうしよう、手が震えたかな、悟られているかな?」 そればかり考えていた。

そこに費やすエネルギーはとんでもない量だったと思う。




◆すべての治す頑張りが無駄に

努力の掛け違いをすると人間は悲惨だ。

精神科医・精神分析医・心療内科医・心理療法士・カウンセラーすべてに(例外は一人だけ)その「秘密」があるゆえ、心を開くことが出来なかった。

言ったら最後、蔑まれるという恐れが支配していた。

だからいつも心苦しさがあり、何のために通っていたのかわからなくなったから、ころころと病院や心理療法を変えることになった。

お金の問題じゃないから、貯金をどんどん使っていった。

でも、何にも結果が出ることはなかった。

くだらない心理療法や医者にお金をどれだけ浪費しただろう。

医師としてのプライド、人間としての、大の男としてのプライド、どれも私を苦しめた。



世の中には本物は確かにある。

しかし、本物は非常に数少ない。

神経症や心の悩みや無意識に関係することに関して、本物の存在はほとんどいないといっていい。

その存在にいつどこで出会うかだ。

人と人との出会いは貴重だ。



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手の震え・書痙だった私の現状について

◆根本から治る

さて、今は手の震え・書痙はもちろん、手術恐怖症も自律神経失調症も、心身症も、不安神経症も消え失せた

それが起こらないように自分を過去からの流れを含めて、潜在意識・無意識の底から変えることが出来た。

だから、歩間違えれば手術に失敗して大惨事になりかねなかったことも、冷静にふりかえってこうやって書ける。

また周りも私の危機を知らないし、今も知らない。

気づいていたのかどうかもわからない。


◆手の震えは周囲に発覚していたのか?


悩みに取り憑かれていた頃は、元気がなくなったとはよく言われたが。それはそれでいいと思う。

今は大丈夫でも、かつてそれを経験したことがわかってしまうだけでも信用問題に関わるから。

今の私は再発する心配はしていないが、再発するんじゃないかと疑われるだけ損だ。

まさか周りの連中は、今の私がこれらの精神的危機を経験しているなんて思いもしないだろう

だからこそ、ブログでこれらの文章を載せても大丈夫だし、人は他人の内情まで知らないのだ。




◆外科医を続けられる至上の喜び

返す返す、手の震えなどの精神的な危機の時に、手術に失敗しなかったことが救いだった。

もし手の震えの症状が回復に向かわなければ、今は外科医をやめていただろう

そちらの方が、私にとっても、病院にとっても、何より患者さんと肉親の方にとっても一番いいことだった。

今は私の外科手術で、誰にとってもいい状況にする自信を取り戻せたが。

だから、読んでいる人も私に任せて大丈夫です(私の過去を知っているから信用できないかな)



手術時の指先の感覚(手術の腕とは感覚をつかむか否かで決まる。この感覚も当時消え失せてしまった)も取り戻すことができ、手術恐怖症とは無縁
となっています。

もっと積極的に「もっともっと手術の腕を上げてやろう」と思っています。

私の前には明るい未来しかないし、そういう未来にするという気持ちでいます。

かつて私がすべてにおいて感じていた『頼りなさ』はなくなり、『心強さ』『割り切りの良さ』『プラス思考』に長けた人間に成長できたと思っています。

人はしかるべき方法をやれば、必ず精神的苦境からも精神的疾患からも抜け出せます。
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手の震え/書痙/あがり症 克服への体験記3 夜明け前

◆手の震えの悩みを一人で孤独に抱える

私は手の震えの症状をありのまま、カウンセラーや精神科医にうちあけられない心苦しさがあった。

効果がないこととあいまって、通うこと自体も。

あたりまえのことだ。

すべてを打ち明けて、はじめて治療のスタートラインにたてるのに、秘密をずっと抑圧し続けていたのだ(だからこそ、症状と決別した今、昔の反動でブログに打ち明けているのかもしれない)。


◆暴走する神経、イライラと焦り

心療機関に通っている間、私の神経の集中先が、腕だけでなく頭の内部にもとらわれるようになった(それで腕への神経の集中がなくなれば、どんなによかったか! でも現実はセットだった)

頭のどこかにいつも神経が向いているのだ。

重い、苦しい、つらい。

神経がいかれているんじゃないかと疑った。



外科手術で、これらの症状をはずすことが出来ればという夢物語を願った。

こんなものじゃ、とても集中して手術が出来ない

完全に手術恐怖症になった

イライラと焦りでいっぱいいっぱいになってしまった。

それでも必死で慎重に進めていき、ぎりぎり失敗はなかった。

これに費やしたエネルギーはとんでもない。

普通の人間は、そのエネルギーを幸福や楽しみのために振り分けているんだろう。



◆うつ病の兆候も


いつかやばいことになるかも、なったらおしまいだと不安がいっぱいだった。

汗の量もやばかった。

手術に失敗したら、その時は自殺する時とまで思っていた

うつ病の兆候も出てきたと思う。

イライラし、落ち込みを繰り返し、自律神経失調症の苦しみも続き、感情も死んでいき、憂鬱で暗いことにすべてが支配されていった。

あのまま進んでいたら、完全にうつ病に陥っていただろう。



◆手術の失敗への恐怖と絶望感

仕事を辞めたとしても、私はそれまで医師になること以外考えてこなかった。

今更、他に何が出来るのだろう? 未来に希望がないことは苦しい。

患者の方は、私の心理的内面はわからないし、私たち医師に安心して任せきっている。

特に外科手術は患者はまったくの受け身だ。

よもや失敗など考えていない。

しかも初歩的な簡単なミスなどあり得ない話だろう。

手が震えて失敗したなんて知られたら、私の人格、積み重ねてきたことすべてを否定されるだろう。




◆手の震えの秘密を知られたら最後


そして私の本当はこんな体たらくじゃないはずというプライドも許さなかった。

でも、 私が失敗しかねないのは、普通ならありえない初歩的なミスだった。

それも緊張による手の震えによって引き起こされるであろうミスだった。

同僚にも看護師さんにも患者さんにも秘密を悟られるのが怖かった

もし内面の惨状(手の震え、過緊張症)を悟られたら破滅しかなかった




◆孤独と絶望

恥ずかしいことに手が震える。

誰も手を震えている人なんかいない(と当時一人で思っていた)。

ましてや外科医がそうなるなんてありえない話だ。

外科医にあるまじき悩みの症状を私は持ってしまったのだ。



それを必死で隠していた。

でも、張りつめた緊張感に心がクタクタになってしまった。

発狂してしまうんではないかと言うくらい、心が追いつめられていった。

いつもため息で、心が重く苦しくなっていた




◆向精神薬に頼る、その不安と不満


心療内科で薬を処方してもらい、どうにか抑えることが出来た一方で、だるくなったり、頭がぼやけたりして、手の震えよりも、そちらの方が危ないと悟った。

薬を飲めばすべてが解決するという甘ったれた希望的観測を持っていたため、ショックが強かった。

医師は簡単に薬を出すと言うが、こちらが患者になってみるとそのとおりだった(だから精神科医に対する不満もよくわかる)。

心のふれあいがなかった。

実は私はあまり心の触れ合いをしたくなくて、外科医を選んだこともあった。

腕一本で生きていけるかっこよさもあったが、黙々と手術をすることへの憧れがあった。




◆絶望の淵で悩みに抗う

でも、患者としての私は、心をしっかり強く支えてくれる医師やカウンセラーを求めていた。

だから催眠療法をやったり、森田療法の「あるがまま」の理論にあこがれを持ち実践しようとしたが、心のほつれはそう簡単に繕えるものではなかった。

弱点を知られないように知られないように外面だけあわせて、なんとかしのいでいたが、まったく一時しのぎの対策しかとれていなかった

一時しのぎの代償は、さらなる悪化としわ寄せが来るというが、一時しのぎしかできない状況だった。

私にはそれしかやりようがなく、泥沼にはまるだけだった。

違和感を感じ続けて生きていた。

私には未来への展望なんか思い描けなかったし、暗い暗い現実の中で呆然と立ち尽くすことしかできなかった

いや呆然とではなく。いつも心配と不安と苦しみと悩みと焦りと心の傷のうずきを感じていたのだ。

何もできなかった。
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外科医神経症闘症記 克服への体験記2 夜明け前

◆強迫観念的苦しみ

「俺ってあがり症だな」そうつくづく感じた。

手術中の私の意識の集中どころは、当然患部ということでなければならない。

手・指先の繊細な感覚は手術する者にとって絶対的だ。

けれど、自分の手と腕ばかりに(病的に)神経が集中した



きつくてたまらなかったし、イライラしたし、気になったら最後、意識をそこからはずすことが出来なかった

腕以外のところに意識を向けようと必死になっていると、怖いことに注意力散漫になり、手術で大きなミスをしてしまうところだった。

無理矢理望むとおりのところに意識が向けることは出来なかった。




◆あるがまま、あるがまま、それができない

「集中しろ、落ち着け」と念じたら、逆に注意力が散漫し、緊張と焦りが高まった。

森田療法で教わった「あるがまま」も出来なかったし、自然体というものがどういうことかさえも思い出せなくなった。

リラックスを心がけても、リラックスや緩みの感覚がわからないのだ。

落ち着いているってどういうことだろう? あるがままって何だ?

あるところに意識を向けるという意識が、意識を向けちゃいけない部分(指先、手、腕)への集中をさらに強化した。



手術の腕は落ちに落ちた。

スピード、手際の良さ、また判断能力が壊滅的だった。

何より感覚が鈍っていった。

当然だ、私の繊細な感覚すべてが、手の震えを抑えるため一点に集中していたのだから。

本当の自分の腕はこんなんじゃないというプライドは高まったが、同時にジレンマと自信喪失が深まった。

昔は何も考えず、手術のことだけに集中していただけにショックだった。

なんでこんなことに俺は苦しまなければならないんだ! 他の医師は震えずにオペを遂行しているのに。

なぜ仕事に集中させてくれないんだ? 人の命がかかっていることなのに、なぜだ?




◆劣化していく手術の腕

過去に出来たことができなくなることの苦悩は計り知れない。

しかも私はどんどん上達していかなければならない年齢だったのに。

他の医師が自信と経験と熟練度を上げていくというのに、私ときたら自信をなくすだけだった。



心がふさぎ込んだ。

いらだったりもした。

手の震えのどうにもならなさ、震えてしまう自分、そしてなぜ俺だけがこんな目に合うのかというイライラ感。

常に神経過敏で、焦りとイライラと絶望、それだけの繰り返しだった。

私の人生がそのためだけに存在していることを考えると、やるせなかった

生きるってなんなんだろう? なぜ私は苦労してこんな仕事をしているんだろう?

すべてがわけがわからなくなっていった。



◆これさえなければ 憂鬱な日々と先の見えない闘い

楽しい思いもこのころからできなくなってしまった。

すべてがつまらない。やる気が出ない。

楽しいことが別にあっても、いつも手術のこと、手の震えのことが気になり、そちらに楽しい気持ちもひっぱられ、すべてが味気ないものになっていった。

つまらない人生に陥った。



これがなければ、俺はなんてすばらしい人生だったろうと、ジメジメと思いとらわれていた。

これさえなければ、誰よりもいい人生なのに!


これがあるばっかりに!



このこれさえなければという強い思いが、ますます私の症状を悪化させていった。

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外科医神経症闘症記録 克服への体験記 夜明け前

◆あがり症、手の震え、書痙、自律神経失調症・・・、私を苦しめた症状


私の神経症の症状は、書痙・手の震え・自律神経失調症・心身症・不安神経症・あがり症といったものだった。

具体的に、手術時の手の震えと心臓のどきどき感(動悸)の暴走、カルテを書く際の書痙がもっともつらいものだった。

非常に緊張しやすく、それが体に反応してしまう。

私は昔からあがり症で生きづらい感じもしていた(性格だと思っていたが)。

まさしく一歩間違えれば、過度の緊張によるミスで手術も大失敗に終わる可能性があっただけに、余計プレッシャーがあった。

いつも失敗と予期不安と発覚に怯えていた。




◆孤独な悩みと自己嫌悪

だから手の震えの悩み以外に、正常な意識を向けることはどうしてもできなくなっていった。

いかにそこを乗り切るか、どうしたら乗り切れるのか、乗り切れなかったらどうしようか、人から変に思われたらどうしよう、もう思われているかも
などとくだらない考え
にとりつかれていた。

くだらないけれど、自分にとっては死活問題だった。

くだらないと自分でもよくわかっているから自己嫌悪にもなったし、孤独に悩み、人に決して相談できなかった。


◆手が震えが徐々に悪化

最初の段階では、手が「万が一震えたらどうしよう」だった。

そのときは不安と恐れだけだった。

腕や手に異常に力を入れて、震えるのを必死でおさえていた。

ずっと長い間、その強迫観念に駆られ続けていた。



ちょっと違うな、生きる上で邪魔で効率が悪いなと思っていた。

こんなくだらないことにばかり囚われているのは、私一人だけだろうなと思っていた。

息苦しさとどこか心に靄がかかった感じ、すっきり自分を出せないもどかしさがあった。

次第に手術の時に限って、手が微かにふるえ始めた。

具体的な症状として出たのはそれが初だった。

気のせいにしたかったが、やっぱり気のせいではなかった。

一時的な震えの症状だと思い込みたかったが、現実は永続的なものだった。



気のせいであって欲しいと思い続け、余計意識と神経が手と腕に集中してしまった。

そして手と腕に異常なほど力が入って、その疲労感といったらなかった

そういう悩む人がなってしまう悪循環に、私も例外なくはまっていた。

ずっとそればっかりに思考が振り回され続けてしまった。

気になったものは絶対に気にならないようにできない。

しかし、気にならないようにしたい、震えないようにしたい。

この執着心が、ますます私を神経症のレベルに追い込んでしまった。




◆手術による疲労とストレス

それでも慎重にやっていた結果、特に手術時に問題もなかったが、手術が終わった後は信じられないくらい手が疲れた。

汗の量は半端じゃなかった。

心も異常に疲労した。

心の耐性もどんどんすり減ってしまった。

腕と手が常にはり続けた感じになった。



患者さんを健康にするのが私の使命であるはずなのに、手術をやるごとに、私の心身が不健康になっていった

私は狂って叫びたいくらい、イライラしはじめた。

なぜ抜け出せないんだ!? なぜ気になるんだ!? どうしたらいいんだ!? なぜ私だけこうなんだ!!

鬱憤が溜まるが、吐き出せる場所もない。

自律神経失調症になるし、不眠症も併発した。

必死でもがいたり、ひたすら耐えて、時間が解決することを一縷の望みにして頑張ったが、私の強い願いとは逆に、もっと神経症的な症状が私を取り憑いていった。



◆あがり症、緊張症

あがり症には学生時代から悩まされたが、そういう性格なんだと思いながら、医学部を卒業し、研修医を経て、無事一人前の医師になれた。

対人関係のコミュニケーションも人並みにどうにか取り繕っていた。

だけどどこか自分を守ってきた半生だった。



もともとのあがり症・緊張症が、結果的に手の震えにすり替わった、手と腕に特化してしまったのだと思う。

次第に、心理的なもので手が震えるとわかり、精神科と心療内科に相談しに行った。

のちのち潜在意識の病因にアプローチする催眠療法と、「あるがまま」を実践しようと森田療法にも通った。



どこにも私が手術をする外科医だと言わなかった。

どうして言えようか。信用問題に関わる。

現役の手術を行う医師が手が震えるなんて、カウンセラーやまして精神科医に知られたら恥だと思った。

これも自分を守っている、恥をかきたくない、プライドが高いことと関係が大いにあるだろう。





◆手の震えが周囲にバレたら・・・

そんなことだから、勤めている病院にも、私の心の問題がばれたらお終いだと思っていた。

誰にも緊張と震えの秘密を知られないうちに解決しようと、心を扱う機関に相談しに行ったが、どれも私の問題を解決できなかった。

私も治してもらうという気持ちでいたのがいけなかったのかもしれない。

守りと逃避の姿勢では、決して神経症、あがり症、手の震えは解決できない。

攻めの姿勢しかなかったが、そのときは知りようもないし、誰も教えてくれなかった。



私が相談した精神科医の先生(もちろんいい先生もいる)は、役立たずもいいとこで、何のアドバイスもせずに、薬を出すだけに終始した。

医者とはそういうものだと私もよく知っているが、心を扱うだけにもっとやってほしい不満が強かった

一応、精神科医らには私は医療機器を製作する人間で、手が震えると困ると言っていた。

秘密を抱えたまま、はやく治りたかったが、それも夢に過ぎなかった。



◆憂鬱、絶望、暗黒・・・私には先がなかった

私を強く支えてくれる精神科医も心理セラピストもカウンセラーもおらず、私自身もただ逃れたい一心でいたたま、良くなるにはどうしたらいいか、何をしたらいいか、どんな気持ちでいれば良いか、わからないまま時間を無駄にしていった。

この頃の私には絶望の二文字しかなかった。

手の震えに苦しめられ、予期不安に恐れおののきながら、自律神経失調症、不眠症で心身共に追いつめられ続ける、しかもそれらが治る見込みもない現状と未来への絶望、まさに暗黒時代だった。



なぜ私だけがこんなに苦しむのだろう

私は何も悪いことをしてこなかったし、やましいことをしてこない。

人の命を自分の腕一つで助けるために医師になったし、手術でも実績を積んできたはず。

努力もしてきたし、苦しい思いを乗り越えて今までやってきた。



しかし、なぜそんな私だけがこんな罰を受けねばならぬのか?

誰かを傷つけたか? 誰かを陥れたか? 誰かを裏切ったか?

これでは、人生を呪いたくなるし、症状に対して憎しみを感じる。

しまいには、イライラするどころか、憂鬱と諦めの心が支配されていった。



こんな思いは二度としたくないし、誰にもさせたくない

つらい思いをしている人は、一刻も早く解決して欲しい、本当にそう願います。



テーマ:心と身体 - ジャンル:心と身体

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手の震えとあがり症、緊張を克服して

◆医師不適合者への転落

私は現在、とある病院の外科医をしています。

この神経症闘症記録(手の震え・書痙・あがり症・自律神経失調症など)をのせるにあたって、最初に言っておきたいことは、私はかつて苦しんだ症状から解放されているということです。

手が震えたらどうしよう、何とか抑えよう、人にばれたら恥ずかしい、震えたらおしまいだ、という病的な思い(予期不安)はなくなりました。

だから、幸せなことに外科医を続けることが出来ています



もし手の震えで苦しみ続けていたなら、怖い話、いつか手術の大失敗していたかもしれません。

取り返しがつかないことをしでかしていたかもしれない。

腕一つで人の命を助られるこの外科医という職業につけたのにも関わらず、この悩みのせいで、救えるはずの命を危険にさらすなんてことになったら、私はもう生きてはいけないと思い込んでいたでしょう。

その前に、手の震えの症状により医師をやめていた可能性が高い

今現在私がこうやってブログをアップしていることはなかったのは間違いありません。

医師でありながら向精神薬に依存して、その副作用や離脱症状に心身共に犯されていたかもしれません




◆絶望の未来予想図


そうしたら私は今頃何をやっていたのでしょうか。

考えることさえ恐ろしいことです。

手の震えという弱点、そのせいで大失敗したという心の傷によって、ますます緊張症・あがり症が大きくなり、一生笑うことができなくなっていたかもしれない。

未来がない状態のまま、いつも絶望を感じながら、何のために医師になったのか、なぜ生きているのか意味を見出せないまま苦しんでいたことでしょう。

ずっと目指し、それなりに努力し達成できた医師という職業を、この手の震えやあがり症で続けられなくなることは、最悪の精神的ダメージを受けていたのは間違いありません。

ほんとにあの頃は崖っぷち人生だったし、よくそこから抜け出すことができたものだと我ながら感嘆します。



人生はどう転ぶかわかりません。

いい方向にも悪い方向にも。

どう転んでも最後はいい方向にいかせる決意をこの経験を通して持つことができたことは、陳腐な言い方ですが「悩んで良かった」と言えるかもしれません。

しかし、悩んでよかったなんて言えるのは、悩みが解決できたからです。

悩んでいていいことなんて、悩んでいる時期にはありえません。




◆手の震え・書痙を克服した人はたくさんいます

苦しみや悩みを糧にできたのも、神経症を克服できたからこそです。

手の震えは、緊張しやすい人なら誰だって起こりうる悩みであると同時に、誰でも抜け出せる悩みです。

そこだけははっきり言いたいのです。



手の震えの悩みを持つ人は本当にかなりの数います。サイトやブログを持ってからの反応で断言します。

手の震え・書痙の悩みは思っている以上に多く、緊張症・あがり症は仕事をする上で死活問題となって皆苦しめられています

一人で孤独で悩んでいる人は、仲間がたくさんいると思って下さい。

そしてそれを克服できた人がかなりの数いることも忘れないでください。




◆悩んでいるのはあなただけではない

もっと悩みを広げて不眠症や自律神経失調症を含めると、今の社会で何らかの精神的な弱点を持っていない人はいないんじゃないかと感じるこのごろです。

みな病んでいます。

医師だってみんなそれぞれ苦労しています。

職業上弱点をさらすわけにはいきませんが。

私は悩みの真っ最中は孤独でした

もしこの記録を読んで「自分と同じだ」と思ったら嬉しく思います。

悩んでいる種類が同じだから喜ぶのではなくて、同じ症状の人が神経症から脱出できたという事実を喜んで下さい

この暗闇の迷宮から一人でも多くの方が抜け出せる手助けになれば、私の経験も無駄ではありません。




◆希望を失っている方へのメッセージ

力にしてください。

希望に変えて下さい。

孤独の闘いから抜け出して、安らぎを得られる助けとしてください。

あなたならできます。

あれほど辛くきつい症状を克服できた私がその証明です

しかし、待っているだけでは、この症状は決して解決していることなんてありえません。

治るには治るだけのことをやっていかなくてはいけないし、やっていきましょう。


BLACKJACK
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はじめに 外科医の神経症と苦しみ、そして克服

◆このサイト【外科医神経症闘症記】について

外科医の私が手の震え・書痙・自律神経失調症・あがり症・心身症・不安神経症・不眠症に陥ったときの記録と神経症から脱出するためのヒントがのっています。

もともと自律神経のバランスが崩れながら、手が震えることからはじまって、どんどん上のような症状になっていきました。

神経症の時期は、とても困難なものでした。

私には治しようも治りようもなかったし、先々のことを考えると、暗い気持ちしか寄って来ませんでした。

人間は気をくよくよと病み始めると際限なく悪化していくものです。

私は手術時の手の震えからはじまり、書痙にも波及しました。




◆先生へ感謝の言葉

このブログを私のかけがえのない岩波先生に最大限感謝の気持ちを捧げます

あなただけでした、私を手の震え・神経症から解放してくれたのは。

無意識へメスを入れられる圧巻の手段と超高度な技術を提供してくれました。

私自身もどうにもならないメンタルの悩みを改善するために頑張れたと思います。

頑張れたのはやっぱり先生の力でしたが。

希望と夢を与えてくださり、取り戻させていただき、ありがとうございました。



BJ

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外科医の私が手の震え・書痙・自律神経失調症・あがり症・強迫観念と心身症・不安神経症、不眠症に陥ったときの記録と神経症から脱出するためのヒントがのっています。

もともと手が震えることから始まり、症状的に上のような状況にどんどんなっていきました。気をくよくよと病み始めると、人は簡単に際限なく悪化していくものです。

私を救ってくれたかけがえのない先生に最大限感謝の気持ちを捧げます。あなただけでした、私を神経症から解放してくれたのは。私自身も頑張れたと思います。頑張れたのはやっぱり先生の力でしたが。

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