外○医神経症闘症記(手の震え、あがり症、書痙) 克服の体験記

外○医神経症闘症記(手の震え、あがり症、書痙) 克服の体験記

外○医の私が手の震え・書痙・自律神経失調症・あがり症・強迫観念と心身症・不安神経症、不眠症に陥ったときの記録と神経症から脱出するためのヒント

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脳の中身 外科医ではわからない未知の領域

脳は手術できる。

つまり脳は眼に見える。触れようと思えば触れられる(素人はやってはいけない!)

しかし、脳の作り出す脳内伝達物質による様々な感覚体験は、誰も見えないし触れられない。

ただ我々の五感、あるいは第六感と言われる[感覚]によって、感じることができる。

このブログには手の震えや緊張で悩む人以外に、岩波先生のプログラムを受けている人も読んでいることと思います。

ある程度、深いトランス状態を味わった人は、脳の偉大さや神秘性、底知れぬ恐ろしさや可能性に至るまで体験していることだと思います。

岩波さんは、人間がどういう状態の時に、脳がどういう作動をして、何が開き、何が閉じるのか、経験として、感覚として、世界の誰よりも知っている人だ。

脳が物質を超えた未知であると共に神秘性や可能性を秘めた存在であることを教えてくれる。

いわゆる無意識や潜在意識といったものも、すべて脳が司っている。

心理学はハートではなくブレインなのだ。

思考や感情、生命活動すべてにおいて、脳はコントロールしたり、生み出したりしてくれる。

大脳だの、小脳だの、脳幹だのと分けられるが、そういう不可視なものにこそ、脳の本当のすごさがある。

どんな名医にもどうすることができない世界だ。

いくらメスさばきが巧みで神がかり的であっても、脳内に起こっている世界までさばけはしない。

同時に、やっかいなことであるが、脳はまったくもって理解不可能である。

いまの脳に関する研究も、その体感の前には、すべて古臭くかび臭く思える。

脳が活性化すると無限の可能性がある。ということは、脳がトラブルを抱えた時、泥沼の苦悩もあるわけだ。

これからの時代は脳をコントロールした者が生き残っていくのかもしれない。

私が一人の人間として、医師として、味わった脳の神秘的体感について書いていきたいと思っている。

まずは脳内麻薬と言われるものからです。

これは非常に心地よく、恍惚感に満ち溢れている。

実際の麻薬を私は吸ったことはないが、それを超しているぐらい強烈である(無論訓練の進み具合による)

聞いた話によると、麻薬を昔吸っていた人が、トランス状態を体験したら、過去吸引した麻薬の気持ちよさを超えたという。

そして脳は一度経験した感覚を、一生覚えている。

だから、私自身、呼吸法によって、いつでも引っ張り出せることが可能だ(これもコツがある)

私が激務に耐えられるのも、脳が心地よい状態を覚えてくれて、それを想像で引っ張り出すことができる訓練をしたからだ。

人はどこかでリラックスや心地よさ、楽しさを感じて生きないと、どこかで心にガタが来ると思っている。

長生きもできない。

だからこそ、自分で脳内麻薬の心地よさを引っ張り出すことで、ストレスを軽減することができる。

しかも明らかに不自然で強力な麻薬の力を借りずにできるのだから、健康にもいい。

そして副作用もない。

中毒性もないため、いわゆる脳内麻薬ジャンキーになる心配もない。

良いことを書いたが、脳は一度体感した恐怖や不安、心的外傷(トラウマ)は忘れていない。

記憶から抹殺したとしても、刻印された記憶が何かの拍子に沸き上がってくる。

いいや常に悪さをしているのかもしれない。

この[脳は忘れない]ということは、それだけ悩みを克服することは大変だということの裏返しだ。

だから、いつでも脳をコントロールできる状態に導けることができると、悩みを解決したり、劇的に軽減することができるわけだ。

それは私の知る限り岩波さんぐらいしか効率良く劇的に効果を上げる人はいないのかと思っている。

それに一度体験した体感は忘れないということは、己でもコントロール可能だということでもある。

だから、無限の可能性を岩波先生の脳と真理のプログラムを通っている人は手にしていると思う。

頑張って欲しい。やればやるほど、つかめばつかむほど、大きなアドバンテージになるのだから。

また書くことがある。

脳内麻薬が出るということは、理性がとても少ない状態ということだ。

つまり、プラス暗示も入るこれ以上ない理想的な状態だ。

プラス暗示は、仕事や私生活でもいつもどこでも必要なものだ。

「がんばるぞ」「やるぞ」「俺ならやれる」といった誰もがかける自己暗示にも簡単に反応する。

その気になりやすい状態だ。

つまらぬマイナス思考にとらわれにくい。

神医や名医の手術でやる気は残念ながら起こせない。

薬で無理矢理モチベーションを上げることはできる。

しかし、薬を飲んでも効果がない人も多いし、そのしわ寄せは厄介な副作用と中毒性と肉体(脳)への負担も伴ってしまう。

また明らかに外部から無理矢理投入される方法では、その人の本当のやる気には繋がらない。

いずれ自分自身を見失ってしまうだろう。

モチベーションを自分自身で上げられない人間に、何かを成し遂げられるとは思えない。

悲惨な末路を、薬で無理矢理元気を作ってきた人間はたどっている。

芸能界をみれば山ほどいるのだ。

そういう意味では、脳は外側から(物理的手法で)攻略できないものであり、私自身の内部から今略しなくてはいけないものなのだ。

私は医師であっても、脳の内側に関しては、まだまだ半人前の未熟者だ。

しかし、私のライフワークとして、脳を内側から見つめていきたいと思っています。
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人の手が震える時、

なぜ震えたくもない手が震えるのか?

肉体的に言えば、あまりの緊張と止めようとする力で、異常に腕に力が入っているわけです。

肩から上腕、前腕、手指に至るまで硬直しているから、ちょっとした反動で手の震えが目立つぐらい震えてしまうわけです。

前にもブログで書きましたが、人間は本当の意味での静止状態はありません。遺体にならない限りです。

手足を動かさないようにしても、心臓は動いています。

もう動かないなんて死ぬ以外ありえないこと。

だから、目に見えない震えはどんな人間だってあります。

テレビでおいしいラーメンを紹介したときに、お箸で麺を持ち上げたりします。

プロの手のモデルでさえも、かすかに震えているのが分かるでしょう。

手の震えに悩んでいない人でもそうなるわけです。

だけど誰も気にしないし、その人も「それぐらい震えるさ」と悩まないわけだ。

だけどかつての私や書痙、手の震えで悩む人は違います。

抑えこもうと力を入れようとすればするほど、どんどん震えてしょうがなくなる。

いろいろな心理状態があるけれど、肉体的に言えば力が入りすぎて、肩(あるいは肩甲骨周りから首周りまで)や上肢が固まりすぎているから、震えが増幅してしまうわけ。

逆に言えば、そこの力が抜けていれば、人並になれるわけです。

一度癖になってしまうと、自分自身の力や思い込みだけでは、反射的に硬直化した上肢を緩めることは難しいです。

私が手の震えを押さえ込めた一つの要因に、体の力が抜けるようになった。それをコントロールできるようになったことがあります。

それはトランス呼吸法や背中や首から緩めていくストレッチを教わったことや暗示を入れたり、どうしても硬直化してしまう脳の構図を止めることができたからです。

脳は反射回路で「固まる→震える」とインプットされています。

しかし、脳に「ゆるむ」という回路をいれこむことが出来ました。

無論、以前通っていた岩波先生の指導のもとです。

手が震える人や書痙の人、あるいは足までも震える人は、脳が緩む、くつろぐ、リラックスするということをすっかり忘れています。

だから、ちょっと刺激を受けただけで、一気に震えが増幅する一方になります。

では、どうやって私は脳に「ゆるむ」をインプットできたのか?

トランス呼吸法で体の緩みを創り上げた上で、岩波先生にトランス状態に誘導してもらいました。

その状態の時は、多くの脳内伝達物質が出ています。

簡単にいえば、リラックスするための脳内ホルモンが特に出ます。

リラックスとはゆるみです。

トランス状態のインパクトが強く、深ければ深いほど、脳な「ゆるみ」を認識してくれます。

その上、自分でも家で毎日トランス呼吸法(弱い呼吸が良いらしい)やストレッチ(これもただのストレッチではなく、脳に直接届くためのストレッチ、教えてもらえる)をやることで、常に脳が緩むように癖をつけるわけです。

あとはなぜ身体や上肢が硬直化するのか、それにも理由があるわけで、そこのルーツ整理をもしていき、震える理由を一つ一つ処理して行きました。

そういうことを感じて、思い浮かべるだけでも、気持ちが楽になるという脳の性質があります。

こうすることで「私は震えて当たり前なんだ」と認知することで、私は手の震えを外すことに成功しました。

まだ色々とやり方がありましたが、大きな所ではこういうところです。

なので、手の震えを抑えることつは、力が抜けていること、特に人身に指令する脳がゆるみをしっかりを覚えて、それをいつでも引っ張り出せることが重要でした。

テーマ:医療・病気・治療 - ジャンル:心と身体

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医師も対人スキルをあげよう!

過度の緊張による手の震え、声の震え、足の震え、あがり症、人前でのプレゼンで悩む人は、別の面からもそれらを克服できる方法があります。

どうしても私自身、手の震えを抑えよう、書痙を治そうとばかり頭が支配されていました。

これが悪化のもとで、その狭い世界だけに心が奪われてしまって、本当に克服するために必要な行動も冒険もしていませんでした。

でも、これは同じ悩みに陥った人なら、みんな経験してしまうことです。

だから、何をやってもうまくいかないわけです。

緊張をしやすい人は、やはり対人間でも、悩みのシチュエーション以外で、緊張してしまっていると思います。

私も初対面の人間はとても苦手で、コミュニケーションが円滑にいかなかった(ある程度仲良くなると饒舌になるタイプ)。

人見知りと断じて、これをどうにかしようなんて思わなかったが、人見知りの度合いも人の何倍も強かったと思う。

人に緊張を感じやすい為、何かあるごとにあがったり、手の震えを感じてしまう自分が出来上がったのも、そういう流れがあったからでした。

そもそも人がいないところでは発症しない悩みなのだから。

つまり、手の震えなどを克服することは、震えを抑える努力をするのではなく、対人スキルがない人なら、そちらを身につける『プラス方向の克服法』が必要だということです。

手の震えを無くすために、抑圧を外したり、頭の中を整理して心に余裕を持たせたり、震えないための暗示を入れたりするのは『マイナス方向の克服法』といえると思う。

それも必要なことだけど、いつまでも『震える・震えない』『緊張した・しない』をやるよりも、プラスを積み上げていくことは大事だと思いました。

私は医師なので、職場(患者さん、看護師、病院スタッフ、患者さんの家族、その他この職業に関わる人たち、同僚など)でたくさん対人スキルを発揮する場面がありました。

でも、残念ながら、多くの人とは事務的に対応していたと思います。

コミュニケーション能力がないほうでした。

それは私自身人見知りが強いため、事務的に対応するしか、体裁を繕えない、という裏返しでもあった。

よくあらゆる科のお医者さんはほとんど事務的な応対しかしない、という感想を聞きます。

医者は偉そうにふんぞり返っていればいいなんて古い考えの医師もいることはいますが、事務的に対応する人の多くは、対人スキルがないから、だと私は密かに思っています。

医は仁術なのが理想だけど、「仁」を発揮できないのは、コミュニケーション能力に劣っているから、したくてもできないのです。

「あの一言で、どれだけ患者さんやその家族の気持が楽になるだろうか」その一言が言えず、私は悶々としていました。

手の震えを治すためにも、対人スキルを身につける練習を発揮してから(岩波さんのアドバイスが大きいです。こちらにアドバイスの多くが掲載されています)

練習相手は、職場にいくらでもいます。

うまくいかなくても、毎日対人スキルの向上を心がけていました。

人見知りで、初対面が特に苦手だった私でも、次第に楽になっていったり、相手からの反応が良くなっていったりして、嬉しかったものです。

今ではかなり昔の私が想像つかないほど、会話力がついています。

こうなると緊張しやすい自分もだんだん無くなっていきました。

こういうプラス方向の経験値の積み重ねも、手の震えや書痙に有効ですので、日々奮闘してみてください。

最後に、医師もどんどんコミュニケーション能力を上げなくてはいけないと思います。

最後はコミュニケーション能力や対人スキルがある人が、上に行きます。
(みんなと仲良しになれ、という意味ではない)

腕だけあっても、正当に評価されにくい時代です。

テーマ:メンタルヘルス・心理学 - ジャンル:心と身体

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対人スキルについて考えた 職場の人間関係、人の眼、世間体・・・・

緊張は己の力を発揮させてくれるありがたい要素だ。

ですが、手が震える、足ががくがくする、頭が真っ白になる、人と話す時緊張するなど、その人の生活の質までも破壊してしまいます。

私もその一人でしたが、思えば、「手の震え・書痙」で一番苦しんできたものの、もともとは緊張を生じやすい(それも必要以上に)人間だった。

手の震えや書痙で苦しむ人は、対人的にも緊張を感じやすい人がほとんどでしょう。

初対面の人とどう接していいかわからない、フランクになかなか話せない、地を出すことがはばかられる、会話が続かず沈黙が怖かったりする、人の中にいるとどっと疲れてしまう

そういう緊張を持った人間は、同時に人の眼、世間体も過度に気にしてしまいます。

通常、一人でいる時、手の震えは発生しません(意識すれば震えてしまいましたが)。

そうです、必ず人の眼が絡んできていたわけで、それも失敗してはまずい状況では、もうコントロール不能になりました。

手の震えを克服するには、対人的なスキルを身につけていく必要もあったし、私自身長年獲得を望んでいたものでもありました。

人の眼、世間的を気にしてしまうのも、私自身、そういう親に育てられ、影響を受けてきたからです。

医師になることは私の夢でもあったと同時に、親も強く願っていたことです。

無理矢理医師にさせられたわけではないとはいえ、かなりのプレッシャーになっていました。

細かく書けばきりがないですが、親の目、人の眼、世間の目が私の手の震えを悲惨なものにしていたことだけははっきりしています。

手が震える、足が震える、書痙になる、だからそれを消したい、という「狭い戦い」だけでは、克服はかないませんでした。

いつの間にかそういう狭い見返りのない戦いに没頭してしまうのも、悩みの罠と言える。

岩波先生からはもっと大局的に広く物事を見ることの必要性を教わりました。

岩波さんはとてもコミュニケーション能力に長けていて、対人スキルは唖然とするぐらい高い方ですが、そのスキルを学ぶと同時に、緊張する私自身の人生の歴史を広く客観的に見るように薦められました。

私がなぜ異常に手が震えるのか? なぜ他の医師は重要な手術でも手を震えないで、見事なメス裁きができるのか?

それは、私と彼の半生の違いから来ているとわかった。

そして私に足りなかったものもわかってきた。

それが、対人スキルの獲得や、親の目と世間体からの脱出の必要性につながった。

そもそも私やあなたの手が震えるのはなぜか?

肉体的な病気ではないのなら、何があなたにそう強いているのだろうか?

そこに世間体や職場の上下関係や失敗の許されないプレッシャー、よく見られたい心理などが絡んでいないだろうか?

もともと人に対して過度に緊張を発生させやすかったか? またはそうならざるを得ないぐらい親の影響を受けてしまったのかどうか?

手の震えを克服することだけ考えず、もっと広く根本的に捉えていけば、解決のヒントが必ず見つかるはずです。

自分自身の人生を見つめなおすことで、手の震えが起こらざるを得なかった流れがきっと見えてくるはず。

私が手の震えや緊張症を克服できたのは岩波先生のおかげですが、例え先生のようなスゴ腕の人がいたとしても、克服のヒントは自分の半生の中に隠れています。

そこをしっかりと見つめることができるのは、私たち以外ありえないのです。

人の眼が気になることによる手の震え(それが昂じて反射神経になる)ならば、対人スキルをあげることをおすすめします。

テーマ:対人恐怖症・社会不安障害 - ジャンル:心と身体

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職業と手の震え&書痙

精神的に追いつめられるから、手の震えや書痙が抜き差しならぬ大問題となってしまいます。

それが一生の職になる場合、震えによって仕事に大きな支障が出てしまう恐れがあったら、誰だって精神的に追いつめられます。

だから必死で震えないように力を込めたり、念じたりする。

しかし、心の余裕がないわけだから、ますます自律神経が狂ってしまうだけで、それによって、悪循環の渦に嵌ってしまうのが、私は何よりもつらかった。

もし、仕事(手術など)など関係なしに、コップを持つ手が震える等であったなら、あそこまで追いつめられなかったと思う。

同じ体験をしている人は本当に多いと思います。

手の震えによって仕事に重大な支障をきたしていたり、退職せざるを得なかったり、いつも「ひっかかる」状態で仕事に打ち込めない、心配不安ばっかり感じている、という人は、毎日がおつらいことだと思います。

たった一つの弱点で、人生の根幹たる仕事が満足にできない、力を発揮できないなんて、数ある悲劇の中でも上位に来るものだと私自身体験でよくわかります。

それでうつ病になる人も多いらしいです。

サッカー選手が再起不能の足の怪我をする、投手がもう投げられないほど肩を故障することに匹敵する悲劇だと思います。

しかも外見上はなんら人にはわからないわけだから、自分自身の中でどうしても処理してしまおうとする。

人から同情されない、否、それ以前の全く理解不能な悩みです(同じ体験した人だけが共有できるもの)

誰にも言えない、わかってもらえない、いったとしても低く見られる、見透かされる恐れがある、仕事に支障をきたすかもしれない、夢を諦めざるを得ない不安・・・こういったことで誰にも相談できないから、どんどん抑圧して、一人で解決不能な問題を永遠と悩んで解くようなもの。

それが罠で、ますます不安を感じ(予期不安)、本番で失敗体験をし、ますます自信を無くして、震えてしまう確信だけが強化されてしまう。

ここから抜け出すには相当のエネルギーと発想の大転換と自己改革が必要になりました。

ブログをやっていて、まったく同じ悪循環にはまっている人は星の数ほどいるとわかりました。

私の経験から、一人で悩んでどうにかして解決しようとしても、個人の力では限界がありました。

まずは自分で悪循環の渦の中に放り込まれないようにすることが大事です。

悪化してからは仕事を辞めざるを得なくなる=生きる意義の喪失につながる。

信頼できる相談相手を見つけられることが、悪循環を止める第一歩になると思います。

自分で震えの不安を解決しようと前期力を振り絞って、知恵を振り絞りましたが、不安は更なる肥大化した不安を自分の中に呼び込むだけでした。

私の一時期最悪な悪循環を繰り返さないように、気をつけて下さい。
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手の震えや書痙を医師に相談すると・・・・ 過緊張、パーキンソン病、本態性振戦、アルコール中毒・・・

手の震えや文字を書く時の書痙は、最初肉体的な病気かと思う人も多いと思う。

腕の異常、脳の異常など疑ったことは私もありました。

結局は緊張が強すぎたことによる震えだったわけだが。一種のあがり症でしょう。

医師に相談したとしても、「病気」ではないため、納得いく答えはもらえないことがほとんどです。

メンタル面まで察知してくれる医師は実はそれほど多くはないです。

名医といわれる医師は、そういうところまで実に優秀です。

「医は仁術」といわれますが、「仁」の意味の中にはメンタル面でのサポートができることも含まれるのでしょうね。

「医は算術」時代の昨今、視野が狭くなってきていると現場にいてもつくづく思う。

もし仮にパーキンソン病の初期症状と誤診されてしまったら、必要もない薬を飲み続けなくてはいけないわけで、それも怖い。

ちなみにパーキンソン病は、動いている時には震えが止まり、何もしていない状態に震えることが特徴。

他の震えを伴う病気もそういうケースが多い。

つまり、交感神経暴走による手の震えのケースは、モノを持った時、何か動作をする時に発症するわけで、全く正反対です。

また高齢者になると発症することが多い「本態性振戦」「老人性振戦」というものもあります。

これも手や頭が震えるものですが、原因はわかっていません。

ストレスが影響しているとのことですが、どんな肉体的な病気もストレスとは無縁ではないのです。

アルコール中毒患者も手が震えます。中毒になるのも精神的な何かからの逃避でおきるわけで、メンタル面は森羅万象すべてに良くも悪くも影響を与えている。

まあ、過緊張による手の震えを含めて、いかに震える症状が多いかということですね。

そして言えることは、どれもこれも手術をして手の震えが治るものではないということ。

どんな名医でも不可能な領域です。

結局、ストレスや緊張をどう外して生きていくか、その術を獲得していく必要があると思います。

私は手の震えで苦しんでいた頃に比べて、だいぶその外し方がうまくなってきたと思います。

割り切りと覚悟をベースで持つことが必要でした。

来年も良いお年を! 来年こそは良いお年を!
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手の震えと書痙と自律神経(交感神経)

パーキンソン病やその他肉体的病気をのぞく手の震えの原因は、結局の所、過緊張による交感神経の暴走に尽きるでしょう。

交感神経とは自律神経であり、副交感神経とセットです。

副交感神経はリラックス時に優位に働き、交感神経は緊張状態で優位になります。

心臓がばくばくして動悸が激しくなるのも、交感神経が活発に働いているわけですが、これが厄介者です。

手の震えというものは、そもそも目に見えないぐらいの振り幅で「誰でも」動いているわけです。

それはプロの「手のモデル」さんでも同じです。

その意味では誰だって手は震えるものだと安心しましょう。

どんな人でもまったく震えないということは、肉体的にあり得ない。

常に腕でもどこでもかすかに動いている。

とはいえ、普通の手の震えにとらわれずに生きている人と手の震えにばっかり意識を向けて、更に震えてしまう人との間には、交感神経の働きの差異があります。

私のように外科手術など仕事に影響が出てしまった人間もいるわけで、みんなかすかに手が震えているといっても、それに悩んでいる人にとっては気休めかもしれない。

そこで交感神経の働きをいかに沈めてやるかが問題になってきます。

緊張するから震える。手の震えを意識して捕らわれるから、一日中そればかり考えて、不安ばっかり感じる人生になり、そのときの手の震えが増幅してしまうと、ますます悪循環の入っていく。

同じ悩みの人なら必ず体験しているはず。

これからの人生、そればかりチェックして怯えて生きていくことを考えると、やはり緊張の部分を抑えてやらなくてはいけなくなります。

しかし、自律神経(交感神経・副交感神経)は、自らの意志ではコントロールできない厄介なものです。

意志の力でどうにかしようとすると、それが過緊張をつくって、さらに交感神経が暴走する羽目になります。

だから、一人ではなかなか解決できないものなんですね。悪化させるだけで、努力に見合った成果はあがりません。

私も地獄のような日々を過ごしてきました。

それでも交感神経をコントロールする方法はあります(自律訓練法は力不足でしょう)。

普通の状態では難しいなら、もっと違う精神状態のときになら可能でした。

いわゆる変性意識状態、トランス状態と言われるもので、これは意志とか理性の世界ではありません。

自律神経のコントロールだけではなく、記憶や五感、運動のコントロールもできる状態です。
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自分への自信と信頼 手の震えと書痙のこと

手の震えで悩んでとらわれていた時、良くなっている自分を想像できなかった。

良くなるってどういうことなのか? 手が震えない自分って果たしてあり得るのか?

遠い世界のように感じられました。

イメージトレーニングの一貫として、自分に自信を持つために、手の震えないへっちゃらな自分をイメージしようにも考えることができなかったのです。

それがますます自信喪失へとつながってしまったが、手の震えを克服するってどういうことかすら想像がつかないほど悪化していたわけです。

手の震えや書痙が発症する前、私は全く手の震えを意識することなく、手が震えたらどう仕様すらも考えないでずっと生きてきました。

だから想像がつくはずなのに、悩みって本当に怖いと思う。

その都度「昔は震えなんか全く意識しないで生きていたんだよな。なぜこうなったんだ」とまた悩んでしまう悪循環でした。

神経症の類は、一度意識してとらわれたら最後、意識の外に押しやることは不可能です。

無理矢理打ち消そうとすればするほど、倍返しで強固な病的な意識として戻ってくる。

乗り越えられた今、手が震えないという自信が確かにある。

理屈じゃなく「平気だ」と思える自分が存在する。

ダイレクトにそう思っているのです。

悩んでいた時は、考え抜いても「平気、自信、大丈夫」なんて想像できなかった。

考えても緊張やあがりによる震えは抑えられないという証明です。

ダイレクトに「そう思える」ようにならないといけなかったです。

決して「そう思う」ことで得られるものではない。

無意識の底からそれを定着させていかないと難しいと思います。

テーマ:ポジティブでいこう! - ジャンル:心と身体

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手の震えと書痙に苦しむ人へ

手の震えや書痙で苦しむ方へ。

あなただけではありません。

あなた以外にも非常にたくさんの人が今も悩み苦しみ、傷ついています。

病気や依存症による手の震えと精神的なもの(過緊張)による手の震えがあります。

ここでは後者の過緊張による手の震えのことを書きます。

私は手の震えや書痙を克服したものとして、是非伝えたいことがあります。

あなたの心がどちらに向いているかまず確認して下さい。

内向き、消極的、逃避、防衛、焦り ←このような心の状態の場合、いつまで経っても手の震えと書痙は克服できません。

手の震える人は、それを抑えるために人生をかけた必死の抵抗をします。

その努力感は普通の人には決して出せない努力とエネルギーです。

それでも、心がマイナス方面にあると、すべて徒労に終わってしまいます。

さらにマイナスの感情を掻き立てるだけに終わります。

つまり手の震え克服には、手が震えないようにする努力ではなく、もっと根本のメンタルの部分から変えて行かなくてはいけないということです。

メンタルの部分とは、決して名外科医が手術してもメスが届かない分野です。

そしてメンタルにも表と裏があって、裏(いわゆる無意識)に問題が生じた時、人はどうすることもできません。

結局、逃避や防衛、知恵(本を読んだり考えること)での対策をするしかありません。

それがすべて無駄に終わっていることは、多くの人が感じていることだと思います。

得られたものは焦りだけでしょう。

私も焦りが焦りを生み、医師の仕事をやめることを本気で考えていました。

手術でも、表面的対策でも、手が届かない手の震えや書痙というメンタルの問題をどうやって解決したらいいでしょうか?

どうにもできないじゃないかとあきらめている人もいるかもしれませんが、それも早計です。

人は考え方や信念一つでメンタルの部分、それも無意識の部分から変えることができます。

これは私が経験していることだから、間違いないことです。

内向き、消極的、逃避、防衛、焦り これらは火に油を注ぐだけです。

自分が主として生きることこそ必要でした。

俺は俺の生き様でいく、このsubjectiveな考え方を信念として心の奥深くに植えつけることですべてが好転するようになりました。

決して受け身な生き方ではダメでした。この生き方はすべてのマイナスを吸い寄せました。

己が主で生きることで、いちいち手の震えがどうか、書痙になったらどうしようという焦りから解放されます。

いきなり100%は無理かもしれません。

でも確実に自分を変えることができます。

何だ、単純じゃないかと思われるかもしれませんが、単純明快なことじゃないと心の奥に響くことはありません。

知恵や考えはすべてを複雑化してしまい、問題解決を余計こじらせてしまいます。

手の震えや書痙はとどのつまり、震えたらどうしようという不安と焦りから発生します。

それに打ち勝つために、それ以上の単純で強力なものを心の無意識にぶち込むことです。

私は岩波先生という名心理コンサルタント(脳の魔法使いとも言えるでしょう)の元で、いかに信念として脳に焼き付かせるか、無意識に入れ込むかをやりました。

そして自分の内向きだった考え方を変えました。

手の震えを克服して悟ったことは、結局それしかないというのが私の痛感したことです。

もし今でも手の震えや書痙と終わり無き格闘をしている人がいたら、闘い方を間違えています。

私の経験が参考になればうれしいです。

テーマ:気付き・・・そして学び - ジャンル:心と身体

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生き様を持つこと。人生は一度きりだ

私の手の震え・書痙・あがり症克服は、プラス方向からのアプローチとマイナス克服アプローチの双方向でやっていきました。

手の震えやあがり症のルーツ分析をし、潜在意識から処理していく方法やプラスの暗示を脳に徹底的に入れ込むマイナス克服アプローチも効果的でしたが、もっと強力に克服するためには、プラス方向からアプローチをしていった方がいいと思います。

そして悩みや不安、緊張をぶち壊すためには、エネルギーが必要です。

あれだけ莫大な不安や恐怖を克服するんだから、それ以上のパワーとエネルギーを注入しないとダメなことは、誰もが気づいてるでしょう。

でも、悲しいことに、悩みでボロボロになってしまうと、少しでも楽してエネルギーを使わず治そうとしてしまう。

本を読んで気持ちを落ち着かせようとしても、ただ気休めで終わるのも、そこに悩みをうっちゃれるエネルギーがないからに過ぎない。

エネルギーはどこにあるかというと、自分自身の中にしか存在し得ないと気づきました。

例えば私が医師になるために勉強してきた莫大なエネルギーがあったわけで、それならば、悩みを克服するために必要なエネルギーも私の中にあると言い聞かせました。

外科医という私の夢であった職業が、手の震えと極度の緊張、あがり症如きですべて無に帰すと思った時の恐怖感はそうとうなものだった。

だからこそ岩波先生にかけたわけですが、まず私には何とかして脱出したい、克服してやるという気持が恐怖の反動から生じていました。

次に私のエネルギーとなった出来事が、岩波先生のプログラムに参加したことでの感動と希望でした。

この方法ならば、必ず克服できるという希望と、実際に受けた時の感動が、私のモチベーションになりました。

三つ目が、エネルギーを死ぬまで他もたたせる考え方です。

それは今日のブログのタイトルに書いたような「生き様」でした。

生き様って一言で説明すると「一度きりの人生を俺はこうして生きていくぞ!」という決意と覚悟ととらえてます。

「手の震えがばれたらどうしよう」「緊張していることがわかったらやばい」という病的な考えに頭が支配されていたため、生き様なんかどこかに吹っ飛んでいました。

手の震えの悩みに陥るまでは、「私なりにこうやって生きていくぞ」というちょっとした生き様があった。

けれど、悲しいことに人からの評価と視線ばっかり考える人生になっていた。

生きる意味なんか、人の評価のみで支配されていたら、自分自身を無くしてもろくなってしまうもんです。

これは私が身に染みて体験したことです。

生き様を無くした人間に強さなんかないし、もろいし、頼りない。

そんな人間が手の震えやあがり症を克服できるエネルギーを持てるはずがない。

だから一人だけで立ち向かおうとするとボロボロにすり切れた雑巾のようになるだけ。

エネルギーがないと粘りがきかないし、傷つくことをしなくなるし、リスクを取れなくなる。

私は生き様を取り戻すことができ、さらに今は確立することが出来ました。

もっともっと大きな生き様を持とうと今励んでいます。

この生き様でやってやる、そして目的を必ず実現させてやると思っている人間に、手の震えとか上がったらどうしようなんていう考えは入り込む隙がないです。

だから、今すごく気持ちが乗っている状態です。

精力的に仕事をこなしているし、手術恐怖症もなりを潜めました。

考え方一つで人間は破滅にも快適にもどちらにも行ってしまうので、自分を確立することが大事でした。

悩み克服に取り組むと同時に、自分の確立、生き様を持つこと、リスクを選択する覚悟を持つことが大事でした。

その双方向からいけば、必ず生きる上で障害になっていることも克服できるので、頑張って下さい!

テーマ:Happyになるために - ジャンル:心と身体

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ドラマ JIN-仁- を見た感想 手の震え、緊張を思い起こす

今更ながら、ずっとハードディスクに録りためていたドラマの『JIN 仁』を三話まで見終わりました。

ずっと仕事が忙しく、すぐ寝てしまう生活が続いていたため、ハードディスクの残りの残量を気にしつついたんですが、やっと3話か4話分見ることができました。

感想は素晴らしいと感じた。高視聴率も納得いく出来でした。

同じ医師として、とても身につまされるエピソードが多く、また医療とは何かを改めて考えさせられるドラマでした。

漫画原作もきっといいんだと思います。脚本もよかった。役者もよかった。

最初は荒唐無稽だったけど、要は幕末に現代の医師がタイムスリップしたら? という話だから、幕末江戸でのドラマが本当に面白かった。

手術シーン(三話までだが)は本当に手に汗を握ったし、特に戸田菜穂さんに手術する時(麻酔なし)はこっちまでドキドキした。早く無事終わって欲しい! 本当にそう思った。

正に感情移入。

感情移入と言えば、手術シーンのはらはらドキドキは、また私にとって別の意味がありました。

手の震えと緊張、あがり症で苦しんだ時、もし南方仁(大沢たかお)の手術シーンを見たら、手の震えに絶対注目していただろうなということだった。

「あれが俺だったら、どんな手術になっただろうか? 手の震えが起きてしまったのだろうか? ただでさえ満足な道具もないのに、しかも麻酔なしの状態で……」

手術が成功するのかどうかというはらはらと同時に、当時の自分の心境になって手術シーンを見ていました。

もしかしたら、当時の私は、目を背けたり、停止ボタンを押していたのかもしれない。

見るに堪えない心苦しさを絶対感じていたはずだ。

ずっと手の震えばっかり意識していた心苦しさを思い起こした。

だからといって、今は別に何ともないわけだが、当時の心境を久々に思い出した。

あの心苦しさ、閉塞感、予期不安というものが、ずっと俺の人生につきまとっていたんだよな……

心も病んでいくし、気分がずっと鬱(ふさ)いでいたのもよくわかるな……

それはともかく、医療ドラマとして、久々に見応えがあった。

『坂の上の雲』も楽しみにしている今日この頃。

前向きな気分、そういう時代ってやっぱりお金で換算できない価値があるよな。

今の日本、そして医療現場にはほとんどない「前向きさ」

結局、個人で「前向き」にならないと、やっていられない。

時代が後ろ向き、閉塞感があっても、前向きな気持で私はこれからもやっていきたい。

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書痙について 書痙克服に向けて

手術時の手の震えが一番の懸念材料だった私ですが、書痙にも悩まされてきました。

字を書く時に手が震える症状を書痙と言います。

結局書痙も手の震えの一種なわけで、書痙になっても何ら不思議ではなかったわけです。

でも、字を書く機会は、非常に多い。

冠婚葬祭の記帳する時、サイン、署名をする時、クレジットカード支払い時の名前を書く時、学校に通っている人ならいくらでも機会があるし、仕事でも細かいところで人前で文字を書かなければならない。

もし白バイの隊員が書痙だったら、せっかくの憧れの仕事に就けたとしても、青切符に文字をたくさん書かなければならないため、非常に追い込まれるでしょう。

そんなこと(普通考えもしないことでしょうね)を当時考えて、書痙ってかなり仕事が制限されるものなんだと心がクサクサしていたものです。

私の場合、カルテという厄介なものもありました。

日常生活でも、サインではなく、捺印ですませていたし、クレジットカード支払いも暗証番号式の機械があるところしか使っていませんでした。

それくらい気を使って書痙を必死で避けようと生きてきたわけで、どれだけ日常振り回されていたか
わかると思います。

書痙を抑えようとすればするほど、意識が手、腕に集中してしまい、ますます書痙がひどくなる、あの悪循環は厄介です。

あらゆる努力が水泡に帰し、絶望が襲ってきました。

いくら努力しても達成できないことほど、心がやられることはないだろう。

文字が書けなくなるほど、また汚い字になるほどのことはなかったことは幸いでした。

ただし、いわゆる予期不安(文字を書く機会)が日常生活をも抑うつ状態に変えてしまいました。

その当時の心象風景は荒野の冬のイメージです。緑も水もまったくない、荒涼とした荒れ地に冷たい風が吹くような。

結局原因は緊張が過ぎた場合、またはそれが日常化してしまったことです。

精神的な原因(過緊張、ストレス)の場合、手術をして治るわけでもないし、自力で治そうとしても悪循環にはまるだけ。

緊張しなくなる自分、または緊張してても受け流すことができる自分、緊張に強くなる自分になるしか書痙克服はできませんでした。

緊張はあっていいんです! 緊張してこそ人間だし、それがパワーにもなる。

緊張をゼロにしようと努力すると、結果はついてこない。

過緊張の多くの人のいけない所は、緊張がゼロになって欲しいと考えてしまうところかもしれない。

そんなものはあり得ない夢物語であって、緊張していいし、そんな自分を許すことです。

その上で、私は呼吸法をたくさんして、リラックス感を体に味あわせ、いざその場面になっても、リラックス感を引っ張り出せる訓練をしました。

よく自律訓練法がいいという話も聞くし、私もやりましたが、自律訓練法で上手くいく人はほんの一握り、いやそれ以下だと思います。

呼吸法なら、やればやるほど誰でもうまくいくし、体の変化が味わえます。

私の場合、岩波先生の指導で呼吸法をやり、さらに鍛錬、研鑽を続けました。

とにかく必死で呼吸法を励み、また意識改革もして、抑圧も外して、ちゃんと認知療法的アプローチをして心の整理をして、手の震えや書痙を克服できました。

緊張が緊張を呼ぶ悪循環をまず破壊しなくちゃ、最悪から抜け出せなかったし、そのために根本から自分を変えていく方法しかなかった。

緊張の反対語は弛緩です。弛緩は呼吸法で味わえるし、なにより呼吸法は、吸う時緊張し、吐く時弛緩する体の作用があります。

緊張から弛緩への高低差が大きければ大きいほど、より大きな弛緩とリラックス感を味わえる。

だから、その意味でダイナミックな呼吸法(岩波先生のプログラムでやる強い呼吸、止める呼吸、連続的に吐き出す呼吸など)は、心の悪循環をふっとばす威力がありました。

同時にゆったり弱い呼吸で心の落ち着きを取り戻せるし、そうしたら、緊張に強い自分になってきました。

結局、その積み重ねによる自信獲得が、書痙克服につながりました。

書痙克服にはやることはたくさんあります。

考え方も変えなくちゃいけないし、今までの自分を大変革させる意気込みも必要。

でも、ベースとなるのは呼吸法など体と心両方にいい影響を与えるやりかたでしょうね。

悩み続けて悪循環にはまるなら、呼吸法をたくさんしていた方がどんなにいいか!

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医師という職業 精神科医についての私なりの感想

ブログを再開してから、日常のことに鋭く反応するようになってきました。

表現する行為は周りに眼を開かせるものだ。

感じることも多くなり、また書きたくなることも多くなります。

時間的に忙しい時も多いですが、最近はブログ更新もできていて、ホッとしてます。

今日は私もお世話になった精神科医について、書いていきたい。

精神科医の安易な投薬治療を、他の科の医師はよく批判します。

たまたまテレビで医者が集まる(ひな壇形式で)ところを目にした時のこと。

すぐ薬を出すという他科の指摘(ちょっとバカにした笑みだった)があった。

たしかにその批判・指摘は当たっていると思う。

精神科医は診察(カウンセリング・対話・問診)か投薬、たまに森田療法や精神療法などで患者の治療を行います。

とはいっても、ほとんどすべてが問診・投薬のみです。

しかし、問診が五分で終わるところが多く、よく批判がある「精神科医は薬の自動販売機」という結果に終わってます。

これでは精神科医への患者の不信が増すでしょう。

安易な投薬というのも考え物だと思います。

また十分な薬の説明をすべきとも思います。

これは私も十分気をつけなければいけないと思っています。

でも、私の知り合いの精神科医のように、真摯に患者に向かい合う医師もたくさんいます。

回転率が悪く、利益率も悪くなるのを当然知っているはずだけど、生きがいとして、使命として精神科医という職業をやっています。

一部の自動販売機により、こういう立派な尊敬できる精神科医まで不当に貶められることになったら残念です。

今の日本の医療界はいびつな構造になっています。

外科医が少なくなっていき、逆に増えているところもある。

もし精神科医が「薬を出すだけで、あとは回転率を上げるだけで楽」という理由でやっているとしたら、これも残念です。

一方で立派な精神科医がもっと増えて欲しいと思います。

なぜかというと、評判のいい話をよく聞いてくれる医師に患者さんが集中すると、もしかしたら五分診療になってしまうかもしれないからです。

それだけは避けて欲しいと望みます。

医療界のいびつさは、こういうメンタルヘルスな切り口から見ても、存在していると思う今日この頃です。



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緊張による手の震えとアルコール依存症の手の震え ホームレスと精神疾患のニュースから

まずは以下のニュースをご覧下さい↓

 路上生活者の6割以上がうつ病や統合失調症など何らかの精神疾患を抱えていることが、東京の池袋駅周辺で精神科医らが実施した実態調査で分かった。国内でのこうした調査は初めて。自殺願望を伴うケースも目立ち、調査に当たった医師は「精神疾患があると自力で路上生活から抜け出すのは困難。状態に応じた支援や治療が必要だ」としている。

(中略)

 それによると、うつ病が40%、アルコール依存症が15%、統合失調症など幻覚や妄想のあるケースが15%。複数の症状を発症しているケースもあり、不安障害やPTSD(心的外傷後ストレス障害)なども含めると63%(50人)が何らかの精神疾患を抱えていた。失業してうつ病になったり、疾患が原因で職に就けないなどの理由が考えられる。重症者は調査に応じられないため、実際はより高い割合になるとみられる。

 一方、約半数が「死んだほうがいい・死んでいたらよかった」などと考え、「自殺リスク」があることも判明した。路上生活歴は平均5年8カ月だったが、6カ月未満が20人で最も多く、森川医師は「公園や河川敷と異なり、家を無くしたばかりの路上生活者が多く、自殺につながりやすい」と懸念する。

 森川医師によると、精神疾患を抱えると、▽自分には生活保護を受ける権利がないと思い込む▽自ら福祉事務所に相談に行けない▽福祉事務所の職員と話がかみ合わない−−などの理由で路上生活から抜け出すのが困難になるという。

 森川医師は「国は精神科病床の削減を進める方針で、精神疾患を抱える路上生活者が増える可能性もある。専門性の高いケースワーカーの育成が急務」と指摘する。



ホームレスの方の多くが何らかの精神疾患(神経症)にかかっているとのこと。

精神疾患にかかってしまったからホームレスにならざるを得なかったのか

ホームレスという状況に追いつめられたからこそ精神疾患になったのか

鶏が先が卵が先かということになりますね。

両方向でそうなったのかもしれない。

私のブログでどうして取り上げようかと思ったかと言いますと・・・・・・


私が四六時中「手の震え」と闘い、常に「手の震え」の亡霊に取り憑かれて悩みまくっていた時、

必然的に人の手元に目がいきます。

常に人様の手の震えをチェックしてしまう癖がついてしまうのです。

書痙もそう。

同じような方はたくさんいらっしゃるのでは? いるに違いない!

その癖はホームレスにも。

都内のとある川べりをよく歩く機会があった時のこと

ホームレスがカップ大関を手にしていました。

彼の手は震えていました。

「仲間!?」と一瞬思いましたが、アルコール依存症かもしれないと思い直したことがあります。

そこでこのニュース記事に戻りますと、うつ病が4割、アルコール依存症が15%とあります。

なるほど、手の震えはやっぱりアルコール依存症から来ていた可能性が高いとわかったわけです。

他にフィジカルの病気の公算もなくはありませんが。

私の持っていた「手の震え」の症状は、例えばカップ大関を仲間とのむ時、「震えたらどうしよう」と緊張します。手に力が入ります。

とはいえ一人で飲んでいても基本的に手は震えない。(自分の手の震えをチェックしすぎると震えたりしますが)

でも、彼は違う。一人で飲んでいても手が震えていた。アルコール依存症かもしれない。決して緊張によるものじゃない。

手の震えの症状にも単純に病気によるものもあるし、私のように緊張によるもの(いわゆる精神疾患、神経症)もある。

そして、もう一つ見逃せないことがありました。

精神疾患によって仕事が続けられなくなった人もいるかもしれないと言うこと。

この場合はうつ病などでしょうが、私も手の震えと極度の緊張により、職業を辞めなくちゃいけないところまで追いつめられた。

他人事ではない記事です。

だから急遽ブログを更新しようと思い立ちました。

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手の震えとは無縁の生活

久々にブログを更新しようと思いました。2009年の夏も終わりました。
私の職業が最近「過酷な勤務」と「なり手の不在」が言われています。
逆風に負けないぞ!




さて、話題を変えます。ブログやサイトを所有してから、多くの手の震え書痙の人の意見を聞く機会が増えました。反響の大きさも最初は驚きました。

手の震えに悩む人は、そのまま緊張しやすい人の多さと直結している。

緊張は誰でもあるが、緊張のしすぎで手が震えてしまう人も当たり前のようにいます。

それを必死で隠してばれないようにして生きている、その心労お察しします。

ネットが普及してきて一番の利点は、みな必死でばれないように頑張ってきたことを、匿名という形で人の悩みを知ることができたと言うことでしょう。

手の震え書痙で苦しむ人のなんと多いことか!

私はもう手の震えがなくなりました。

変に力が入っていた状態から解放されています。

手術も当たり前のように行っています。気持ちも楽です。

過去を思い出すと、異様に手や体全体に力が入りすぎていたこと、焦りや不安に毎日
苦しめられていて、息も抜けなかったこと、思い出します。

現在進行中でそうなっている人も多いと思う。

私はそんな人に「気楽に行こうよ」なんて口が裂けても言えない。

自力でそう思えるなら、手の震え書痙や緊張で苦しむ人なんか存在しない。

でも手の震えはいつかおさまるものなんだということだけは強く言いたい。

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かけがえのなかった私の先生へ (名セラピストの中の名セラピストこと岩波先生)

熱いハートを持った人だ。魂から徹底している人だ。
理屈は通用しない。小細工も通用しない。小ずるい対策も通用しない。
敵に回したら先生ほど強敵な人はいないだろう。
幸せなことに、悩んでいる人の味方だ。
しっかりと自分を持っている。
そして悩みようがないといっているから、本当に強い人だと思う。
じっくり話し合ったことがあったが、昔悩んだことがあると言っていた。
想像がつかなかったが、でもあの強さとパワーとスピードは、克服したからこそなのだ、と逆に納得がいった。
自分が大好きだと言っていた。
自分に満足できているから、とても親切にしてくれた。本当に感謝しつくせない。
人間的な大きさ、凄み、誰かが書いていたが「カリスマ性」、鋭利なほど洞察力を持った頭、何よりも大きな優しさ、そういったもの以外に感心したことがある。
それは、とても研究熱心と言うことだ。
私はあの熱心さに比べればまだまだ甘いと感じた。
だからこそ、あれほどまでの誰もまねできないレベルにある技術が身についているんだろう。
天才とは、素質もあるだろうが努力と熱意がほとんどを占める、と先生を見ればよくわかる。
悩む人は、私もそうだが、執着心が非常に強い。
だけど、建設的な執着心じゃなくて、情けないことに悩みばっかりのものだ。
先生はプラスのもの、自分が絶対身につけてやろうと思う執着心はすごい。
先生の元に神経症克服だけでなく、その技術やノウハウを学んでいる人も多く来ているらしいが、先生に匹敵する人は今後現れるのだろうか?
話し方の技術、コミュニケーション能力、人を引き込む力、人から高く評価されるパーソナリティなど超一流で、神経症、あがり症克服後も、人間関係の構築、コミュニケーションスキルを岩波先生元で学びたいといつも強く思っていた。
悩みの本質を見抜く力や反射神経ではまずかなわないだろう。そして経験値も。
本音で生きている人だから、言っていることに矛盾が全くない。ぶれが全くない。
よく前に言ったことを忘れてしまうことは多いが(笑)、ささいな枝葉の部分はどうでもいいという人だからだ。
根っこの部分だけは本当にしっかりしている。
だから、昔先生が私に言ってくれたことが、今になって、「あ、こういうことだったんだ」ということがいまだにたくさんある。
その都度、私は成長してきた。そして今も成長していると思う。
だから、話し合うことが楽しみだった。
そして、私の何歩も先に行っていた。いっぱい知ることができた。
あれだけ支持されるのは当たり前と実際感じることが出来た。
つまり本物の人間だった。
ある種の悟りを持っている。
悟りといっても堅苦しいものじゃなくて、本質をよく知っているという意味でだ。

私のブログ(ホームページ)を読んでいただきありがとうございました。
BLACKJACKでした

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神経症、手の震え、あがり症が良くなるためのヒント 経験より

良くなるためのヒント 経験談より

「手が震えたらどうしよう」は結果的に「手が震えてしまう」
「手が震えないように努力しよう」はますます「手が震えてしまう」
「手よ、震えるな、震えないでくれ!」は結局「手が震えてしまう」
「よし、手が震えていないぞ、このままいけ」はまたまた「手が震えてしまう」

だけれども、心の悩みは天の邪鬼すぎる
「手が震えてもいいじゃないか」は「手に震えようがなくなる」のである。
これが「悩みを受け入れる」ということ
悩みと闘うより、受け入れた方がよっぽど神経症とかあがり症が治る近道だった

「手が震える」ということは、私にとってリスクだ。
リスクをどうしても回避しようと焦って、強く「震えるな! あがるな!」と念じたりする。
そうすると、「手が震える、震えていない」という闘いに入る。
闘いという生やさしいものじゃない。
一方的ななぶり殺しになってしまう。
その闘いに入っていると言うことは、常に手に意識が向いているのだ。
自分の緊張や焦り、あがりにばかり神経が集中している。
無意識では手に意識が向いていると言うことは、「震えろ」「震えろ」とマイナス暗示が強くかかっているのだ。
これでは虐殺に等しい。
だから苦しんでしまう。
いつまでたっても治ることなんかないかもしれない。

それぞれの症状にこれをあてはめてください。
手の震えあがり症書痙に限らず、あらゆる心の症状に当てはまることだと思う。
不眠症もそうだ。「気になる」ということもそうだ。
これこそが、単純に見えて、矛盾のようで、奥の深い一番の真実なのだ。

神経症の心の働きほど矛盾しているものはない。そして単純なものはない。
でも奥がとても深い。
しかも複雑にこんがらがっているように思えてしまう。
だから難しいものなのだ。
だが、実はこんな単純なものだ。
問題はこれができるか、ということ。
難しいし、甘くない、と言っておきたい。
でも、やれるものだ。
複雑化、難治化させているのは自分の間違った思いこみが大きい。
目を覚まさせてくれる人がいないといけない。
私は幸運にもすてきな人と出会えた。

闘わなければならない。
でも、努力の掛け違い、つまり闘う場を間違えると大変なことになる。
観念や知恵の世界でみんな努力してしまう。
その結果、泥沼に入り込んでしまっている。
開き直れるということは、もっと人間の根幹、哲学、ハートの部分から起こらなければならない。

そのためには無意識部分からの処理、間違った認識を正す、自分の過去を見つめる、変わってやろうという意志が合わさって、はじめて可能になれた。
どれか一つかけていても悩みって良くなるには大変だと思う。
一人の力だとどうしても袋小路にはまってしまうと思う
結局、やらなければ、やれなければ、ずっと苦しむことになる。
だからやらなければ、何もはじまらない。
決意と覚悟が結局必要になる。
怯え続けていては一生治ることはない。
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神経症(手の震えやあがり症)がよくなってみて

私はあくまで、私の過去からの流れで、あがり症手の震え手術恐怖症や自律神経のバランスがおかしくなった。
元々緊張を誰よりも感じる人間で、本番に力を発揮できないタイプでもあった。
また、自分に自信がない人間だった。
端から見るとそう見えないらしいが、確固たる自信というものを持ったことがない人間だった。
神経質で、 いつも自分を守って、さらけ出すことはしなかった。
親の影響がとても強い。親もそういうタイプだった。
父方の両親もそういう感じだったから、脈々と受け継がれてきたのだろう。
迷惑な話だが、私の代でそれを終わらせなくてはいけない。
そのためにも一念発起した。
いってみれば、私の人生はずっとブレーキーをいっぱい踏み込みながら、アクセルを誰よりも強く回して、それで前にやっと動いていた。
人よりも頑張ってきたということはいえるとおもう。でもいつも違和感を感じながら。
当然ブレーキにガタが来るし、心が壊れてくるのは必然だった。
エンストも怖かった。
とにかく動け、動け、と必死で前に進んでいた。
完璧主義者だったし、妥協も嫌いだった。
人生って、ブレーキを踏み込まなくても、安全に前へどんどん進めるののだ。
そう今は気づいた。
でも、私はどうしても怖くて、リスクをおそれて、ブレーキをかけ続けていた。
ブレーキを踏んでいることの方が、低速になって危険だというのに、私はおびえてブレーキを踏み続けていた。
そして、自分を必死で守ろうとした。
自分をさらけ出さないように調節しながら、用心深く生きてきた結果は、神経症という結末だった。
表面的には、バイクは前に進んでいて、ある時期までは、目的地につけていた。順調だった。でも学歴的なものにしかすぎなかった。
自分は成功していて、自信のある男だという外ッ面だけを装っていたし、そう思わなくては心のバランスがとれなかったのだろう。
まったく空虚な人生に思えたとき、一念発起へとつながったのだ。
目を覚まさせてくれたのは岩波先生という方だった。

リスクがあって、あえてチャレンジし、傷ついてもそれを糧にして、さらに突き進める人は、こんなことでは悩まないだろう。
先生がそういう人間だった。
私の悩みを抜け出すには、それしかないと強く思えた。
努力の掛け違いを今までしていた。
次第にセラピーの効果が上がって、開き直れるようになった。
そうなると雪だるま式に手の震えから、マイナス思考、不眠症と改善していった。
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名心理セラピスト 岩波先生と出会って

私はスゴ腕の心理セラピストの特別プログラムを受けた。(これはリンク先にあるBIGBOSSさんの手記/回想記にも書いてあります)
個人的なものもあり、また特定されることも嫌だから、あまり書かない。
プライバシーもあり教えてくれなかったが、私の先生は私のような立場(医師とか手の震え)の人を多くかまっているらしい。
私のような医者から弁護士、経営者、それらのお子さんから、とにかく多くの心のトラブルを抱えた人を、そのスゴ腕で強力にサポートしている。
私もそのスゴ腕の威力を症状解決というものでもって、発揮してもらった。
この先生にだけは、ありのまま私の症状を打ち明けた。
この人になら開けっぴろげに話そうと思えた。
人間である以上、医師だろうが、弁護士だろうが悩んでしまうものだ。
どちらも心の、肉体の、社会の病理を扱う職業だし、病理というものに誰よりも接しているから、悩みに陥るのはあり得るかな、と思う。
健康的な人と職業的に接することは少ないから。
患者さんや、クライアントの悩みや症状に引っ張られてしまうんじゃないか、と思う。
そういう意味でも、心の悩みを扱う職業の人は、よっぽど自己を確立していないと大変なんじゃないか。
私の受けたセラピストは、そんな悩みとは無縁だろうといえる。
私より重い症状の人をずっと先生はかまっているんだろうが、完全に自己を確立していたし、悩みに引っ張られるなんてありえないだろう。またそう先生も言い切っていた。その自信がうらやましかった。
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神経症とは? 手の震えやあがり症について感じたこと

神経症とは自分の意志とは逆のベクトルに無意識が反応すると私はとらえている。
たとえば、「手が震えるな」と思ったら、余計ふるえてしまって、意識がそこからはずれることはない。
無理に強く念じてはずそうとすれば、余計無意識が強固に反発して、二進も三進もとれなくなる。
(バイク好きなので)例えると、マイナス暗示というアクセルといつも全開に走っているようなもの。
進む先は苦しみと悩みと地獄行き。
ブレーキを必死でかけてどうにか止めようとするけれど、そのブレーキ(意志・表層意識)は時間とともに摩耗し疲労していく。
ききが悪くなり、結局あれほど嫌なマイナス暗示の実現という恐ろしいことになる。
私の場合は、手の震えと、神経の内部への過剰意識だった。
ブレーキがきかないとなると、どうにか肉体的な力で(つまり無理矢理の意志)で、止めようとするけれど、所詮そのパワーにかなうことはない。
筋肉増強剤という薬をつかって(薬物療法)前進悪化を止めようとしても、今度は薬物療法の弊害ともいえる副作用(昔よりはましになったが)で、結局暴走するアクセル全開のバイクに引きずられる。
あれだけパワーとエネルギーをつぎ込んだのに、マイナス暗示ばかりがフルスロットルになっているため、自分一人の力ではどうにもならない。
マイナス暗示(フルスロットル)はなぜなっているかというと、ちゃんと理由がある。
過去のトラウマや親のしつけなどだ。それによってマイナスに考えてしまう癖が強化されている。
理由があってマイナス暗示がかかっているので、そこを処理して行かなくては神経症は良くなることはないと思う。
私には過去を見て、開き直ると言うことが出来なかった。いつもひきずってくよくよ悩んでいた。
それは私の親の性格に影響を受けたが、今の私は大の大人だ。
一念発起して、変わってやる! という気持ちが出た。
それは最後に通った先生のアドバイスや自己暗示の浸透のおかげだった。

私は精神分析医でもないし、心理学や大脳生理学、神経症のことを本格的に勉強したことはない。
通り一遍にやっただけだ。
でも、神経症の苦しみを経て得た経験と私のつかんだものをどうにかして発表したくなった。
だからブログで発表している。
キャリアの長い人なら、心のトラブルの働きはよくつかんでいると思うし、いまさらな感じがあるけれど、心は本当に厄介だとだけははっきり言える。
そして、簡単に対処できるものではない。
誰もがよくわかっていることだ。
単純でありながら、矛盾したものほど、解決することが難しいのだ。
今は、外科医よりも分析医の仕事の方に興味があるくらいだ。
というのはいいすぎか。
今は外科医としての仕事もやり甲斐を再び感じている。

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手術恐怖症/手の震え/書痙 克服への体験記4 夜明け前

手術に関する限り、手の震えと集中力散漫が一番の悩みだった。
手術の腕も落ちに落ち、自分の感覚的なものがすべて手の震えを止めることばかりに割かれ、手術恐怖症になった。

日常生活でも、交感神経と副交感神経の自律神経のバランスが一挙に崩れて心身症になり、物理的に胃が悪くなったり、動悸や息切れと言った不安神経症の症状にも襲われるようになった。
所詮、手の震えというのは、私の心のトラブルの一形態に過ぎなかった。もっと本質的な心の悩みの元が、しっかりと私の潜在意識に根付いてしまっていた。
問題は手の震えではないということだ。
表面的にしか見ないと、道を誤る。

当時そんなことはまったく気づかず、目の前の症状をいかに抑えるかだけだった。
その狭い視野が悩みの解決をいかに遅らせてしまったか、よくなっていく段階で気づき、後悔もした。
いつも手が震えたらどうしよう、手が震えたかな、悟られているかな? そればかり考えていた。
そこに費やすエネルギーはとんでもない量だったとおもう。
努力の掛け違いをすると人間は悲惨だ。
精神科医・精神分析医・心療内科医・心理療法士・カウンセラーすべてに(例外は一人だけ)その「秘密」があるゆえ、心を開くことが出来なかった。
言ったら最後、蔑まれるという恐れが支配していた。だからいつも心苦しさがあり、何のために通っていたのかわからなくなったから、ころころと病院や心理療法を変えることになった。
お金の問題じゃないから、貯金をどんどん使っていった。でも、何にも結果が出ることはなかった。
くだらない心理療法や医者にお金をどれだけ浪費しただろう。

医者としてのプライド、人間としての、大の男としてのプライド、どれも私を苦しめた。
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手の震え・書痙だった私の現状について

さて、今は手の震え・書痙はもちろん、手術恐怖症も自律神経失調症も、心身症も、不安神経症も消え失せた。
それが起こらないように自分を過去からの流れを含めて、変えることが出来た。
だから、一歩間違えれば大惨事になりかねなかったことも、冷静にふりかえってこうやって書ける。
また周りも私の危機を知らないし、今も知らない。
気づいていたのかどうかもわからない。
元気がなくなったとはよく言われたが。それはそれでいいと思う。
今は大丈夫でも、かつてそれを経験したことがわかってしまうだけでも信用問題に関わるから。
まさか今の私がこれらの精神的危機を経験しているなんて思いもしないだろう。
だからこそ、ブログでこれらの文章を載せても大丈夫だし、人は他人の内情まで知らないのだ。
返す返す、精神的な危機の時に失敗をしなかったことが救いだった。
もし症状が回復に向かわなければ、今は外科医をやめていただろう。
そちらの方が、私にとっても、病院にとっても、何より患者さんと肉親の方にとっても一番いいことだった。
今は私の外科手術で、誰にとってもいい状況にする自信を取り戻せたが。
だから、読んでいる人も私に任せて大丈夫です(私の過去を知っているから信用できないかな)

手術時の指先の感覚(手術の腕とは感覚をつかむか否かで決まる)も取り戻すことができ、手術恐怖症とは無縁となっています。
もっと積極的に「もっともっと手術の腕を上げてやろう」と思っています。
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手の震え/書痙/あがり症 克服への体験記3 夜明け前

症状をありのまま、カウンセラーや精神科医にうちあけられない心苦しさ苦痛だった。効果がないこととあいまって、通うこと自体も。
あたりまえのことだ。
すべてを打ち明けて、はじめて治療のスタートラインにたてるのに、秘密をずっと抑圧し続けていたのだ(だからこそ、症状と決別した今、反動でブログに打ち明けているのかもしれない)。
心療機関に通っている間、私の神経の集中先が、腕だけでなく頭の内部にもとらわれるようになった(それで腕への神経の集中がなくなれば、どんなによかったか! でも現実はセットだった)
頭のどこかにいつも神経が向いているのだ。
神経がいかれているんじゃないかと疑った。
手術ではずすことが出来ればと夢物語を願った。
こんなものじゃ、とても集中して手術が出来ない。
完全に手術恐怖症になった。
それでも必死で慎重に進めていき、ぎりぎり失敗はなかった。
いつかやばいことになるかも、なったらおしまいだと不安がいっぱいだった。
汗の量もやばかった。
失敗したら、自殺するしかないとまで思っていた。
鬱病が出てきたと思う。あのまま進んでいたら、完全に陥っていたと思う。
仕事を辞めたとしても、私は医師になること以外考えてこなかった。
今更何が出来るのだろう? 未来に希望がないことは苦しい。

患者の方は、私の心理的内面はわからないし、私たち医師に安心して任せきっている。
特に外科手術は患者はまったくの受け身だ。
よもや失敗など考えていない。
しかも初歩的な簡単なミスなどあり得ない話だろう。
手が震えて失敗したなんて知られたら、私の人格、積み重ねてきたことすべてを否定されるだろう。
そして私の本当はこんな体たらくじゃないはずというプライドも許さなかった。
でも、 私が失敗しかねないのは、初歩的なミスだった。
同僚にも看護師にも患者さんにも秘密を悟られるのが怖かった。
もし内面の惨状を悟られたら破滅しかなかった。
恥ずかしいことに手が震える。
誰も手をふるえている人なんかいない。
ましてや外科医がそうなるなんてありえない話だ。
外科医とあるまじき性質を私は持ってしまったのだ。
それを必死で隠していた。
でも、張りつめた緊張感に心がクタクタになってしまった。
発狂してしまうんではないかと言うくらい、心が追いつめられていった。
いつもため息で、心が重く苦しくなっていた。

心療内科で薬を処方してもらい、どうにか抑えることが出来た一方で、だるくなったり、頭がぼやけたりして、手の震えよりも、そちらの方が危ないと悟った。
薬を飲めばすべてが解決するという甘ったれた希望的観測を持っていたため、ショックが強かった。
医師は簡単に薬を出すと言うが、こちらが患者になってみるとそのとおりだった。
心のふれあいがなかった。
実はあまり心の触れ合いをしたくなくて、外科医を選んだこともあった。
でも、患者としての私は、心をしっかり強く支えてくれる医師やカウンセラーを求めていた。
だから催眠療法をやったり、森田療法の「あるがまま」の理論にあこがれを持ち実践しようとしたが、心のほつれはそう簡単に繕えるものではなかった。
弱点を知られないように知られないように外面だけあわせて、なんとかしのいでいたが、まったく一時しのぎの対策しかとれていなかった。
一時しのぎの代償は、さらなる悪化としわ寄せが来るというが、一時しのぎしかできない状況だった。
泥沼だった。違和感を感じ続けて生きていた。

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外科医神経症闘症記 克服への体験記2 夜明け前

「俺ってあがり症だな」つくづく感じた。
手術中の私の意識の集中どころは、当然患部ということでなければならない。
手・指先の感覚は手術するものにとって絶対的だ。
けれど、自分の手と腕ばかりに(病的に)神経が集中した。
きつくてたまらなかったし、イライラしたし、気になったら最後、意識をそこからはずすことが出来なかった。
腕以外のところに意識を向けようと必死になっていると、怖いことに注意力散漫になり、手術で大きなミスをしてしまうところだった。
無理矢理望むとおりのところに意識が向けることは出来なかった。
集中しろ、落ち着けと念じたら、逆に注意力が散漫し、緊張と焦りが高まった
森田療法で教わった「あるがまま」も出来なかったし、自然体というものがどういうことかさえも思い出せなくなった。
落ち着いているってどういうことだろう? あるがままって何だ?
あるところに意識を向けるという意識が、意識を向けちゃいけない部分(指先、手、腕)への集中をさらに強化した。
手術の腕は落ちに落ちた。
スピード、手際の良さ、また判断能力が壊滅的だった。
本当の自分の腕はこんなんじゃないというプライドは高まったが、同時に自信喪失が深まった。
昔は何も考えず、手術のことだけに集中していただけにショックだった。
過去に出来たことができなくなることの苦悩は計り知れない。
しかも私はどんどん上達していかなければならない年齢だったのに。
他の医師が自信と経験と熟練度を上げていくというのに、私と来たら自信をなくすだけだった。
心がふさぎ込んだ。いらだったりもした
楽しい思いもこのころからできなくなってしまった。
すべてがつまらない。やる気が出ない。
楽しいことが別にあっても、いつも手術のこと、手の震えのことが気になり、そちらに楽しい気持ちもひっぱられ、すべてが味気ないものになっていった。
つまらない人生に陥った。
これがなければ、俺はなんてすばらしい人生だったろうと、ジメジメと思いとらわれていた。
これさえなければ、誰よりもいい人生なのに!
これがあるばっかりに!
まだあがり症だけの方が良かった。
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外科医神経症闘症記録 克服への体験記 夜明け前

私の神経症の症状は、書痙・自律神経失調症・心身症・不安神経症・あがり症と言ったものだった。具体的に言うと、手術時の手の震えと心臓のどきどき感の暴走がもっともつらいものだった。緊張しやすく、それが体に反応してしまう。昔からあがり症で生きづらい感じもしていた。
まさしく一歩間違えれば手術も大失敗に終わる可能性があっただけに、余計プレッシャーがあった。いつも怯えていた。だからその悩み以外に意識を向けることはどうしてもできなくなっていった。いかに底を乗り切るか、どうしたら乗り切れるのか、乗り切れなかったらどうしよう、人から変に思われたらどうしよう、もう思われているかも、とくだらない考えにとりつかれていた。くだらないけれど、自分にとっては大問題だった。くだらないと自分でも思っているから自己嫌悪にもなったし、人に相談できなかった。

最初の段階では、手が「万が一震えたらどうしよう」だった。
そのときは不安と恐れだけだった。
だけど、ずっと長い間、その強迫観念に駆られ続けていた。ちょっと違うな、効率が悪いなと思っていた。
息苦しさとどこか心に靄がかかった感じ、すっきり自分を出せないもどかしさがあった。
次第に手術の時に限って手が微かにふるえ始めた。
具体的な症状として出たのはそれだった。
気のせいにしたかったが、やっぱり気のせいではなかった。
それ以前に、気のせいであって欲しいと思い続け、余計意識と神経が手と腕に集中してしまった。
悩む人がなってしまう悪循環に私も例外なくはまっていた。
ずっとそればっかりに振り回され続けてしまった。
それでも慎重にやっていた結果、特に問題もなかったが、手術が終わった後は、信じられないくらい手が疲れた。汗の量は半端じゃなかった。
心も疲労した。心の耐性もどんどんすり減ってしまった。
腕と手が常にはり続けた感じになった。
狂って叫びたいくらい、イライラしはじめた。
あがり症で学生時代から悩んだが、無事医師になれた。
コミュニケーションも人並みにどうにか取り繕っていた。
だけどどこか自分を守ってきた半生だった。
あがり症が、結果的に手の震えにすり替わった、特化してしまったのだと思う

次第に、心理的なもので手が震えるとわかり、精神科と心療内科に相談しに行った。
のちのち催眠療法と、「あるがまま」を実践しようと森田療法にも通った。
どこにも私が手術をする外科医だと言わなかった。
どうして言えようか。信用問題に関わる。
現役の手術を行う医師が手が震えるなんて、カウンセラーや精神科にさえも知られたら恥だと思った。
これも自分を守っている、恥をかきたくない、プライドが高いと関係が大いにあるだろう。
そんなことだから、勤めている病院にも私の心の問題がばれたらお終いだと思った。
誰にも私の秘密を知られないうちに解決しようと、心を扱う機関に相談しに行ったが、どれも私の問題を解決できなかった。私も治してもらうという気持ちでいたのがいけなかったのかもしれない。
守りと逃避の姿勢では神経症、あがり症、手の震えは解決できない。
攻めの姿勢しかなかったが、そのときは知りようもないし、誰も教えてくれなかった。
精神科医など役立たずもいいとこで、何のアドバイスもせずに、薬を出すだけに終始した。
医者とはそういうものだと私もよく知っているが、心を扱うだけにもっとやってほしい不満が強かった。
一応、精神科医らには医療機器を製作する人間で、手が震えると困ると言っていた。
秘密を抱えたまま、はやく治りたかったが、それも夢に過ぎなかった。
私を強く支えてくれるセラピストもカウンセラーもおらず、私自身もただ逃れたい一心でいたたま、良くなるにはどうしたらいいか、何をしたらいいか、どんな気持ちでいれば良いか、わからないまま時間を浪費していった

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手の震えとあがり症、緊張を克服して

私は現在、とある病院の外○医をしています。
この闘症記録(手の震え・書痙・あがり症など)をのせるにあたって、最初に言っておきたいことは、私はかつて苦しんだ症状から解放されているということ。手が震えたらどうしようという病的な思い(予期不安)はなくなりました。
だから、幸せなことに外○医を続けることが出来ています。
もし苦しみ続けていたなら、怖い話、手術の大失敗していたかもしれません。
取り返しがつかないことをしでかしていたかもしれない。
その前に医師をやめていた可能性が高い。
そうしたら私は今頃何をやっていたのでしょうか。考えることさえ恐ろしいことです。
手の震えという弱点・大失敗したという心の傷・ますます緊張症・あがり症が大きくなっていたでしょう。ずっと目指し達成できた医師という職業をこの手の震えやあがり症で続けられなくなることは、最悪の精神的ダメージを受けていたのは間違いありません。
ほんとにあの頃は崖っぷち人生だったし、よくそこから抜け出すことができたものだと我ながら感嘆します。
人生どう転ぶかわかりません。
いい方向にも悪い方向にも。どう転んでも最後はいい方向にいかせる決意をこの経験を通して持つことができたことは、陳腐な言い方ですが「悩んで良かった」と言えるかもしれません。
それもこれも克服できたからこそです。
手の震えは誰だって起こりうる悩みであると同時に、誰でも抜け出せる悩みです。

手の震えの悩みを持つ人は本当にかなりの数います。サイトやブログを持ってからの反応で断言します。
手の震えは思っている以上に多く、緊張症・あがり症は仕事をする上で死活問題となって皆苦しめられています。
一人で悩んでいる人は、仲間がたくさんいると思って下さい。そしてそれを克服できた人がいることも。
もっと広げて不眠症や自律神経失調症を含めると、今の社会で何らかの精神的な弱点を持っている人はいないんじゃないかと感じるこのごろです。
医者だってみんなそれぞれ苦労しています。職業上弱点をさらすわけには生きませんが。
私は悩みの真っ最中は孤独でした。もしこの記録を読んで「自分と同じだ」と思ったら嬉しく思います。悩んでいる種類が同じだから喜ぶのではなくて、同じ症状の人が神経症から脱出できたという事実を喜んで下さい。力にしてください。
希望に変えて下さい。孤独の闘いから抜け出して、安らぎを得られる助けとしてください。

BLACKJACK
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はじめに伝えたいこと 外○医の神経症と苦しみ、克服

外○医の私が手の震え・書痙・自律神経失調症・あがり症・心身症・不安神経症、不眠症に陥ったときの記録と神経症から脱出するためのヒントがのっています。
もともと手が震えることからはじまって、どんどん上のような症状になっていきました。人って気をくよくよと病み始めると際限なく悪化していくものです。もちろん書痙にもなりました。

私のかけがえのない岩波先生に最大限感謝の気持ちを捧げます。あなただけでした、私を手の震えの神経症から解放してくれたのは。その手段を提供してくれました。私自身も頑張れたと思います。頑張れたのはやっぱり先生の力でしたが。

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外科医の私が手の震え・自律神経失調症・あがり症・強迫観念と心身症・不安神経症、不眠症に陥ったときの記録と神経症から脱出するためのヒントがのっています。
 もともと手が震えることからはじまって、どんどん症状的に上のような状況になっていきました。人って気をくよくよと病み始めると際限なく悪化していくものです。
 私のかけがえのない先生に最大限感謝の気持ちを捧げます。あなただけでした、私を神経症から解放してくれたのは。私自身も頑張れたと思います。頑張れたのはやっぱり先生の力でしたが。

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