「俺ってあがり症だな」つくづく感じた。
手術中の私の意識の集中どころは、当然患部ということでなければならない。
けれど、自分の手と腕ばかりに神経が集中した。
きつくてたまらなかったし、イライラしたし、気になったら最後、意識をそこからはずすことが出来なかった。
腕以外のところに意識を向けようと必死になっていると、怖いことに注意力散漫になり、手術で大きなミスをしてしまうところだった。
無理矢理望むとおりのところに意識が向けることは出来なかった。
集中しろ、落ち着けと念じたら、逆に注意力が散漫し、緊張と焦りが高まった
森田療法で教わった「あるがまま」も出来なかったし、自然体というものがどういうことかさえも思い出せなくなった。
落ち着いているってどういうことだろう? あるがままって何だ?
あるところに意識を向けるという意識が、意識を向けちゃいけない部分(指先、手、腕)への集中をさらに強化した。
手術の腕は落ちに落ちた。
スピード、手際の良さ、また判断能力が壊滅的だった。
本当の自分の腕はこんなんじゃないというプライドは高まったが、同時に自信喪失が深まった。
昔は何も考えず、手術のことだけに集中していただけにショックだった。
過去に出来たことができなくなることの苦悩は計り知れない。
しかも私はどんどん上達していかなければならない年齢だったのに。
他の医者が自信と経験と熟練度を上げていくというのに、私と来たら自信をなくすだけだった。
心がふさぎ込んだ。いらだったりもした
楽しい思いもこのころからできなくなってしまった。
すべてがつまらない。やる気が出ない。
楽しいことが別にあっても、いつも手術のこと、手の震えのことが気になり、そちらに楽しい気持ちもひっぱられ、すべてが味気ないものになっていった。
つまらない人生に陥った。
これがなければ、俺はなんてすばらしい人生だったろうと、ジメジメと思いとらわれていた。
これさえなければ、誰よりもいい人生なのに!
これがあるばっかりに!
まだあがり症だけの方が良かった。