2009年07月 - 外科医神経症闘症記(手の震え、あがり症、書痙) 克服の体験記

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名心理脳内コンサルタント 岩波先生と出会って

岩波英知先生 カリスマ名セラピスト、カウンセラーと出会って手の震えを克服 ◆世界にただ一人の存在・岩波先生について

私はスゴ腕の心理・脳内コンサルタントのプログラムを受けることができた。(これはリンク先にある
BIGBOSSさんの手記/回想記にも書いてあります)

個人的なものもあり、また特定されることも嫌だから、あまり書かない。

プライバシーもあり教えてくれなかったが、岩波先生は私のような立場(医師とか手の震え)の人を多くかまっているらしい。※[医師専門心理脳内プログラム]が現在あります。

私のような医師から弁護士、経営者、それらのお子さんから芸能人に至るまで、とにかく多くの心のトラブルを抱えた人を、そのスゴ腕で強力にサポートしている

私もそのスゴ腕の威力を、症状解決という結果でもって、発揮してもらった。

岩波先生にだけは、ありのまま私の症状を打ち明けた。

この人になら開けっぴろげに話そうと思えた


◆悩まない人間なんていない

人間である以上、医師だろうが、弁護士だろうが悩んでしまうものだ。

どちらも心の、肉体の、社会の病理を扱う職業だし、病理というものに誰よりも接しているから、悩みに陥るのはあり得るかな、と思う。

健康的な人と職業的に接することは少ないから。

患者さんや、クライアントの悩みや症状に引っ張られてしまうんじゃないか、と思う。

そういう意味でも、心の悩みを扱う職業の人は、よっぽど自己を確立していないと大変なんじゃないか。

そういう意味では精神科医の事務的な態度もよくわかる。

自己を確立していない精神科医は、患者さんの悩みに引っ張られて、精神的健康を維持できない。



◆鬼才とはこんな人

私が一番お世話になった岩波先生は、そんな悩みとは無縁だろうといえる。

私より重い症状の人をずっと先生はかまっているんだろうが、完全に自己を確立していたし、悩みに引っ張られるなんてありえないだろう。

またそう先生も言い切っていた。

その自信がうらやましかった。

岩波先生のようになりたかった

当時の私と一番真逆の位置にいる先生だった。



これほど人間的に大きな、そしてある意味子供で天真爛漫な人と出会ったことはなかった

コミュニケーション能力に長け、誰からも愛されるような存在であると同時に、世界に二つとないだろう脳覚醒技術を開発した凄さに、畏敬の念を抱かざるをえない。

無意識で私が探し求めていた人に私は出会うことで、人生で一番の荒海を無事渡り切ることができた。

世の中には天才がいる、超人がいる
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神経症とは? 手の震え克服やあがり症について感じたこと

手の震えの治し方と書痙克服方法 岩波英知先生の治療体験記 ◆念ずれば悪化する、それが神経症

神経症とは自分の意志とは逆のベクトルに無意識が反応
すると私はとらえている。

たとえば、「(手が)震えるんじゃない!」と思ったら、余計震えてしまって、意識がそこからはずれることはない。

無理に強く念じてはずそうとすれば、余計無意識が強固に反発して、にっちもさっちも行かなくなる。


◆治したいエネルギーがすべて悪化へ注がれる

例えると、マイナス暗示というバイクのアクセルをいつも全開で走っているようなもの。

進む先は苦しみと悩みと地獄行き

ブレーキを必死でかけてどうにか止めようとするけれど、そのブレーキ(意志・表層意識)は時間とともに摩耗し疲労していく

効きが悪くなり、結局あれほど嫌なマイナス暗示の実現という恐ろしいことになる。


◆意思でも医師でもどうにもならないもの、神経症


私の場合は、手の震えと、神経の内部への過剰意識だった。

ブレーキがきかないとなると、どうにか肉体的な力で(つまり無理矢理の意志)で、止めようとするけれど、所詮そのパワーにかなうことはない。

筋肉増強剤という薬をつかって(薬物療法)、前進・悪化を止めようとしても、今度は薬物療法の弊害ともいえる副作用(昔よりはましになったが)で、結局暴走するアクセル全開のバイクに引きずられる。

あれだけパワーとエネルギーをつぎ込んだのに、マイナス暗示ばかりがフルスロットルになっているため、自分一人の力ではどうにもならない


◆なぜマイナス暗示に簡単にかかってしまうのか?

マイナス暗示(フルスロットル)はなぜなっているかというと、ちゃんと理由がある。

過去のトラウマや親のしつけなどだ。

それによってマイナスに考えてしまう癖が強化されている。

理由があってマイナス暗示がかかっているので、そこを処理して行かなくては神経症は良くなることはないと思う。

私には過去を見て、開き直ると言うことが出来なかった。

いつもひきずってくよくよ悩んでいた。

それは私の親の性格に影響を受けたが、今の私は大の大人だ。

一念発起して、変わってやる! という気持ちが出た。

それは最後に通った岩波先生のアドバイスや自己暗示の無意識への浸透のおかげだった。



◆神経症の体験談をブログで発表する理由

私は精神分析医でもないし、心理学や大脳生理学、神経症のことを本格的に勉強したことはない。

研修医の時、通り一遍にやっただけだ。

でも、神経症の苦しみを経て得た経験と私のつかんだものを、どうにかして発表したくなった。

だからブログで発表している。



キャリアの長い人なら、心のトラブルの働きはよくつかんでいると思うし、いまさらな感じがあるけれど、心(特に無意識)は本当に厄介だとだけははっきり言える。

そして、簡単に対処できるものではない。

誰もがよくわかっていることだ。

単純でありながら、矛盾したものほど、解決することが難しいのだ。

今は、外科医よりも分析医の仕事の方に興味があるくらいだ、というのはいいすぎか。

とはいえ、今は外科医としての仕事もやり甲斐を再び感じている。





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手術恐怖症/手の震え/書痙 克服への体験記4 夜明け前

自律神経失調症、手の震え克服と書痙が治った秘訣 手の震えの本質的病的原因

手術に関する限り、手の震えと集中力散漫が一番の悩み
だった。

手術の腕も落ちに落ち、自分の感覚的なものがすべて手の震えを止めることばかりに割かれ、手術恐怖症になった。

日常生活でも、交感神経と副交感神経の自律神経のバランスが一挙に崩れて自律神経失調症、心身症になり、物理的に胃が悪くなったり、動悸や息切れと言った不安神経症の症状にも襲われるようになった。

所詮、手の震えというのは、私の心のトラブルの一形態に過ぎなかった。

もっと本質的な心の悩みの元が、しっかりと私の潜在意識に根付いてしまっていた。

問題は手の震えではないということだ(しかし外科医という職業柄、一番思い悩まされた)。

手の震えの対策だけをしていたら、問題の本質を見誤ってしまう。

もっとやるべきことは、無意識・潜在意識のレベルでの問題の処理だった。




◆対症療法と根治療法

当時、目の前の震えの症状をいかに抑えるかだけやってしまい、いつまでも治ることはなかった。

その狭い視野が悩みの解決をいかに遅らせてしまったか、改善していく段階で気づき、後悔もした。

その分、時間を無駄にしてしまったのだ。

いつも「手が震えたらどうしよう、手が震えたかな、悟られているかな?」 そればかり考えていた。

そこに費やすエネルギーはとんでもない量だったと思う。




◆すべての治す頑張りが無駄に

努力の掛け違いをすると人間は悲惨だ。

精神科医・精神分析医・心療内科医・心理療法士・カウンセラーすべてに(例外は一人だけ)その「秘密」があるゆえ、心を開くことが出来なかった。

言ったら最後、蔑まれるという恐れが支配していた。

だからいつも心苦しさがあり、何のために通っていたのかわからなくなったから、ころころと病院や心理療法を変えることになった。

お金の問題じゃないから、貯金をどんどん使っていった。

でも、何にも結果が出ることはなかった。

くだらない心理療法や医者にお金をどれだけ浪費しただろう。

医師としてのプライド、人間としての、大の男としてのプライド、どれも私を苦しめた。



世の中には本物は確かにある。

しかし、本物は非常に数少ない。

神経症や心の悩みや無意識に関係することに関して、本物の存在はほとんどいないといっていい。

その存在にいつどこで出会うかだ。

人と人との出会いは貴重だ。



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手の震え・書痙だった私の現状について

緊張性の手が震える症状と書痙が治った話 岩波英知先生の評判のプログラム体験記 ◆根本から治る

さて、今は手の震え・書痙はもちろん、手術恐怖症も自律神経失調症も、心身症も、不安神経症も消え失せた

それが起こらないように自分を過去からの流れを含めて、潜在意識・無意識の底から変えることが出来た。

だから、歩間違えれば手術に失敗して大惨事になりかねなかったことも、冷静にふりかえってこうやって書ける。

また周りも私の危機を知らないし、今も知らない。

気づいていたのかどうかもわからない。


◆手の震えは周囲に発覚していたのか?


悩みに取り憑かれていた頃は、元気がなくなったとはよく言われたが。それはそれでいいと思う。

今は大丈夫でも、かつてそれを経験したことがわかってしまうだけでも信用問題に関わるから。

今の私は再発する心配はしていないが、再発するんじゃないかと疑われるだけ損だ。

まさか周りの連中は、今の私がこれらの精神的危機を経験しているなんて思いもしないだろう

だからこそ、ブログでこれらの文章を載せても大丈夫だし、人は他人の内情まで知らないのだ。




◆外科医を続けられる至上の喜び

返す返す、手の震えなどの精神的な危機の時に、手術に失敗しなかったことが救いだった。

もし手の震えの症状が回復に向かわなければ、今は外科医をやめていただろう

そちらの方が、私にとっても、病院にとっても、何より患者さんと肉親の方にとっても一番いいことだった。

今は私の外科手術で、誰にとってもいい状況にする自信を取り戻せたが。

だから、読んでいる人も私に任せて大丈夫です(私の過去を知っているから信用できないかな)



手術時の指先の感覚(手術の腕とは感覚をつかむか否かで決まる。この感覚も当時消え失せてしまった)も取り戻すことができ、手術恐怖症とは無縁
となっています。

もっと積極的に「もっともっと手術の腕を上げてやろう」と思っています。

私の前には明るい未来しかないし、そういう未来にするという気持ちでいます。

かつて私がすべてにおいて感じていた『頼りなさ』はなくなり、『心強さ』『割り切りの良さ』『プラス思考』に長けた人間に成長できたと思っています。

人はしかるべき方法をやれば、必ず精神的苦境からも精神的疾患からも抜け出せます。
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手の震え/書痙/あがり症 克服への体験記3 夜明け前

手術、オペで手が震えてしまう原因 その克服方法 外科医の手の震えの治った話 ◆手の震えの悩みを一人で孤独に抱える

私は手の震えの症状をありのまま、カウンセラーや精神科医にうちあけられない心苦しさがあった。

効果がないこととあいまって、通うこと自体も。

あたりまえのことだ。

すべてを打ち明けて、はじめて治療のスタートラインにたてるのに、秘密をずっと抑圧し続けていたのだ(だからこそ、症状と決別した今、昔の反動でブログに打ち明けているのかもしれない)。


◆暴走する神経、イライラと焦り

心療機関に通っている間、私の神経の集中先が、腕だけでなく頭の内部にもとらわれるようになった(それで腕への神経の集中がなくなれば、どんなによかったか! でも現実はセットだった)

頭のどこかにいつも神経が向いているのだ。

重い、苦しい、つらい。

神経がいかれているんじゃないかと疑った。



外科手術で、これらの症状をはずすことが出来ればという夢物語を願った。

こんなものじゃ、とても集中して手術が出来ない

完全に手術恐怖症になった

イライラと焦りでいっぱいいっぱいになってしまった。

それでも必死で慎重に進めていき、ぎりぎり失敗はなかった。

これに費やしたエネルギーはとんでもない。

普通の人間は、そのエネルギーを幸福や楽しみのために振り分けているんだろう。



◆うつ病の兆候も


いつかやばいことになるかも、なったらおしまいだと不安がいっぱいだった。

汗の量もやばかった。

手術に失敗したら、その時は自殺する時とまで思っていた

うつ病の兆候も出てきたと思う。

イライラし、落ち込みを繰り返し、自律神経失調症の苦しみも続き、感情も死んでいき、憂鬱で暗いことにすべてが支配されていった。

あのまま進んでいたら、完全にうつ病に陥っていただろう。



◆手術の失敗への恐怖と絶望感

仕事を辞めたとしても、私はそれまで医師になること以外考えてこなかった。

今更、他に何が出来るのだろう? 未来に希望がないことは苦しい。

患者の方は、私の心理的内面はわからないし、私たち医師に安心して任せきっている。

特に外科手術は患者はまったくの受け身だ。

よもや失敗など考えていない。

しかも初歩的な簡単なミスなどあり得ない話だろう。

手が震えて失敗したなんて知られたら、私の人格、積み重ねてきたことすべてを否定されるだろう。




◆手の震えの秘密を知られたら最後


そして私の本当はこんな体たらくじゃないはずというプライドも許さなかった。

でも、 私が失敗しかねないのは、普通ならありえない初歩的なミスだった。

それも緊張による手の震えによって引き起こされるであろうミスだった。

同僚にも看護師さんにも患者さんにも秘密を悟られるのが怖かった

もし内面の惨状(手の震え、過緊張症)を悟られたら破滅しかなかった




◆孤独と絶望

恥ずかしいことに手が震える。

誰も手を震えている人なんかいない(と当時一人で思っていた)。

ましてや外科医がそうなるなんてありえない話だ。

外科医にあるまじき悩みの症状を私は持ってしまったのだ。



それを必死で隠していた。

でも、張りつめた緊張感に心がクタクタになってしまった。

発狂してしまうんではないかと言うくらい、心が追いつめられていった。

いつもため息で、心が重く苦しくなっていた




◆向精神薬に頼る、その不安と不満


心療内科で薬を処方してもらい、どうにか抑えることが出来た一方で、だるくなったり、頭がぼやけたりして、手の震えよりも、そちらの方が危ないと悟った。

薬を飲めばすべてが解決するという甘ったれた希望的観測を持っていたため、ショックが強かった。

医師は簡単に薬を出すと言うが、こちらが患者になってみるとそのとおりだった(だから精神科医に対する不満もよくわかる)。

心のふれあいがなかった。

実は私はあまり心の触れ合いをしたくなくて、外科医を選んだこともあった。

腕一本で生きていけるかっこよさもあったが、黙々と手術をすることへの憧れがあった。




◆絶望の淵で悩みに抗う

でも、患者としての私は、心をしっかり強く支えてくれる医師やカウンセラーを求めていた。

だから催眠療法をやったり、森田療法の「あるがまま」の理論にあこがれを持ち実践しようとしたが、心のほつれはそう簡単に繕えるものではなかった。

弱点を知られないように知られないように外面だけあわせて、なんとかしのいでいたが、まったく一時しのぎの対策しかとれていなかった

一時しのぎの代償は、さらなる悪化としわ寄せが来るというが、一時しのぎしかできない状況だった。

私にはそれしかやりようがなく、泥沼にはまるだけだった。

違和感を感じ続けて生きていた。

私には未来への展望なんか思い描けなかったし、暗い暗い現実の中で呆然と立ち尽くすことしかできなかった

いや呆然とではなく。いつも心配と不安と苦しみと悩みと焦りと心の傷のうずきを感じていたのだ。

何もできなかった。
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外科医神経症闘症記 緊張性の手の震え克服への体験記2 夜明け前

手の震え克服方法と書痙が治った体験記 強迫観念と震え ◆強迫観念的手が震える苦しみ

「俺ってあがり症だな」そうつくづく感じた。

手術中の私の意識の集中どころは、当然患部ということでなければならない。

手・指先の繊細な感覚は手術する者にとって絶対的だ。

けれど、自分の手と腕ばかりに(病的に)神経が集中した



きつくてたまらなかったし、イライラしたし、気になったら最後、意識をそこからはずすことが出来なかった

腕以外のところに意識を向けようと必死になっていると、怖いことに注意力散漫になり、手術で大きなミスをしてしまうところだった。

無理矢理望むとおりのところに意識が向けることは出来なかった。




◆あるがまま、あるがまま、それができない

「集中しろ、落ち着け」と念じたら、逆に注意力が散漫し、緊張と焦りが高まった。

森田療法で教わった「あるがまま」も出来なかったし、自然体というものがどういうことかさえも思い出せなくなった。

リラックスを心がけても、リラックスや緩みの感覚がわからないのだ。

落ち着いているってどういうことだろう? あるがままって何だ?

あるところに意識を向けるという意識が、意識を向けちゃいけない部分(指先、手、腕)への集中をさらに強化した。



手術の腕は落ちに落ちた。

スピード、手際の良さ、また判断能力が壊滅的だった。

何より感覚が鈍っていった。

当然だ、私の繊細な感覚すべてが、手の震えを抑えるため一点に集中していたのだから。

本当の自分の腕はこんなんじゃないというプライドは高まったが、同時にジレンマと自信喪失が深まった。

昔は何も考えず、手術のことだけに集中していただけにショックだった。

なんでこんなことに俺は苦しまなければならないんだ! 他の医師は震えずにオペを遂行しているのに。

なぜ仕事に集中させてくれないんだ? 人の命がかかっていることなのに、なぜだ?




◆劣化していく手術の腕

過去に出来たことができなくなることの苦悩は計り知れない。

しかも私はどんどん上達していかなければならない年齢だったのに。

他の医師が自信と経験と熟練度を上げていくというのに、私ときたら自信をなくすだけだった。



心がふさぎ込んだ。

いらだったりもした。

手の震えのどうにもならなさ、震えてしまう自分、そしてなぜ俺だけがこんな目に合うのかというイライラ感。

常に神経過敏で、焦りとイライラと絶望、それだけの繰り返しだった。

私の人生がそのためだけに存在していることを考えると、やるせなかった

生きるってなんなんだろう? なぜ私は苦労してこんな仕事をしているんだろう?

すべてがわけがわからなくなっていった。



◆これさえなければ 憂鬱な日々と先の見えない闘い

楽しい思いもこのころからできなくなってしまった。

すべてがつまらない。やる気が出ない。

楽しいことが別にあっても、いつも手術のこと、手の震えのことが気になり、そちらに楽しい気持ちもひっぱられ、すべてが味気ないものになっていった。

つまらない人生に陥った。



これがなければ、俺はなんてすばらしい人生だったろうと、ジメジメと思いとらわれていた。

これさえなければ、誰よりもいい人生なのに!


これがあるばっかりに!



このこれさえなければという強い思いが、ますます私の症状を悪化させていった。

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BlackJackプロフィール

blackjack7777

Author:blackjack7777
外科医の私が緊張性の手の震え・書痙・自律神経失調症・あがり症・強迫観念と心身症・不安神経症、不眠症に陥ったときの記録と神経症から脱出するためのヒントがのっています。


もともと過緊張から手が震えることから始まり、書痙や自律神経失調症の悪化、さらにストレスがストレスを呼び心身症や不安神経症、不眠症とボロボロになってしまいました。
自力で必死に助かろうともがくほど、人は簡単に際限なく症状が悪化していくものです。


私を救ってくれたかけがえのない先生に最大限感謝の気持ちを捧げます。あなただけでした、私を手の震えや書痙などの神経症から解放してくれたのは。
私自身も頑張れたと思います。頑張れたのはやっぱり先生の力でしたが。


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主に私が受けた心理脳内プログラムについて相談がありましたら、こちらにどうぞ。
一刻も早く皆さんがご自分の抱えられている悩みを解決できるように私も頑張りたいと思います。これ以上人生も職も生きがいも失ってはなりません! 
私も忙しい職業ですので本気で相談した人だけお願いいたします

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